(新)風邪だと思ったんですが。悪性リンパ腫闘病記

風邪だと思って病院に行って出された診断結果は『悪性リンパ腫』そこから始まった血液のがん、抗がん剤治療、副作用、不安な日々との闘い。 そんな私とその家族の日々を書き綴ります。

内側と外側と、中側の人の話。

入院生活に限らず、生活拠点から離れてる、もしくは、何かしらの理由でその場を出れない。こんな状況って、そうそうないと思いますが、もし起きてしまったら?

これが結構なストレスの原因になるかも。

 

内側の世界にいると外側の世界の事って出来づらいんです。 

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↑病院の玄関。外の世界までは、ほんの数メートルの距離なのにはるかに遠い。

 

今回は、『内側と外側』の話を書いていきたいと思います。今の私の場合の内側は、病院になります。一方、外側は病院の外の世界です。

 

内側から出れない理由としては、『悪性リンパ腫』の治療と感染症のリスクがあるためです。窓ガラス一枚で仕切られているこの内側と外側。実は、かなり距離あります。

 

実際の距離はガラス板1枚なので、ほんの数cmにすぎませんが、中の人と外の人では気持ち、相手に対する思いやりの距離、やりたいことを出来ない内側の人のストレスの距離は計り知れないんです。

 

私にとっての外側の人たちは私の家族、友人、色々な契約ごとの担当者、仕事関係の人になります。

 

前回、書きました『快食』なんかも、内側の人と外側の人の考え方の違いや気持ちのギャップによって生じるものだと思います。

 

例えば内側の人がこれをやって欲しいって外側の人に言います。お願いするわけです。しかも、嘆願です。必死です。自分で出来るものならしたいけど、出来ないから代わりにして欲しいってお願いするわけです。

 

内側の人の願いは『嘆願です』

 

外側の人は、その内側の人の嘆願希望として受け取るわけです。すべての人がそうじゃないと思いますし、日常の他愛もない話の中での内側の人の願いは、外側の人にとっては、かるーい希望と変換されて認識されるよう気がします。私の家族や外の事務手続きの係の人は少なくともそうでした。

 

変換図

内側の人→嘆願 外側の人→願い

内側の人→願い 外側の人→かるーい希望

 

外側の人の他『嘆願』は内側の人にちっては『希望です』

 

例えば、私が味覚異常などで病院食が食べれないときに、私は『こういう弁当を買ってきて』と妻に嘆願しました。何でもいいのであれば、病院の中の売店やコンビニで買います。でも、私が食べたい食べれる弁当は病院内に無いのでお願いしたのです。でも、妻が買ってきてくれたのは、全く違う弁当でした。私がこんなこと言うのって、わがままですよね。せっかく買って来たのになんでもいいじゃんと思われると思います。

 

でも、これこそが内側の人と外側の人のギャップだと思います。

 

あなたの妻の性格でしょと言われれば、そうかもしれませんが、そうじゃないかもしれないと思うのです。多分、妻は、旦那がお腹が減ってる。弁当が食べたいんだと言う感じでそのお弁当を買ってきてくれたのだと思います。

 

私も母が入院してた時に『ミニトマトが食べたい』と言っていたので買って行ったら、この前のミニトマトが良いと言われました。母が言うこの前のミニトマトとは私が遠方の営業先で買って来たものでした。その時私が母に言ったのが『ミニトマトだからどれでもいいじゃん。せっかく買って来たのに。』妻が私に買ってきてくれた弁当に、いちゃもんを付けてたら、おそらく同じやり取りがあったでしょう。

 

買ってきてもらう内側にいる人と買ってくる外側の人。同じ人でも、こうも考え方が変わるのです。私が外側の人だったときは母の事をわがままとか病人のくせにとか思っていたと思います。

 

自分で出来る事なら頼まない。出来ないから頼んでいる。

 

↑まさに、これです。

 

他にも私が契約している業者から連絡があり、支払いの確認がとれていないので確認をお願いしますと言われました。

 

その時は、抗がん剤治療の真っただ中で動くのも歩くのもしんどい時でした。でも、支払いが遅れてるという事であれば家族に迷惑がかかるし、妻も仕事中なので早急には確認は出来ないという事で、かなり無理して私が支払い状況の確認をしました。

 

確認したところ支払い状況にミスはありませんでした。急いでその担当者に連絡をするも留守電。電話するのもいったん病棟外に出ないといけないので大変なんです。

 

しばらくして、連絡すると『今は出先なので戻ったら連絡します。』と言われました。でも、連絡はありませんでした。私が夕方になって連絡すると『確認取れました。私の確認ミスでした。』との回答。

 

オイ!ふざけるな!←言いませんがね。

 

そりゃあ、その業者には私が入院していることも病気な事も関係ない話ですし。支払い確認が出来たからいいじゃん。と思うと思いますが、そうじゃないんですよ。せめて、連絡しますの約束は守ろうよ。これです。

 

外側の人にとってのこれくらいまあいいか。は、内側の人にとっては大きなストレス

 

私も、この業者とのやり取りの一件。健康で外側にいるときなら、確認できたからまあいっか。担当者は、ちょっとムカつくけど。ぐらいで済ませてると思いますが。内側にいる今は、次回の更新時に解約をしようとまで思ってます。

 

ここまで、内側と外側のギャップについて書いてきましたが、これは入院患者とその家族だけではなく、ひとつのコミュニティーの内側の人と外側の人の考え方のギャップの話にも置き換えることが出来ます。

 

例えば、会社の中の経営者側の考えと雇用される側の考え、学校の先生と保護者。他にもいろいろありますよね。

 

そして、もっと大変なのは、その間に立つ立場の人たちだと思います。今の私なら、医師、看護師さんがそうですね。つまり中側の人です。

 

私が以前、営業の仕事をしているときに訪問介護の介護士さんたちと取引をさせていただいてました。その時に色んなお話を聞かせていただいたのですがここで言う内側の人は要介護のご老人なわけです。外側の人は、その家族や色々な機関の人。訪問介護士さんは、言わば中側の人です。

 

例えば、内側の人(ご老人)がこれをやって欲しい。これが食べたいと言ったとします。

 

中側の介護士さんがその嘆願を聞き、家族や公的な機関に伝えます。予算の関係もあるので大変です。公的な補助でまかなえればいいのですが補助じゃ足りない部分はどうしても、そのご老人からいただくか、そのご老人の家族に負担してもらわなければなりません。

もし。そのご老人が痴呆症などで金銭の管理ができない場合はその家族が管理している場合もあります。

それに介護保健の内容も毎年変わったりしますから、去年、出来てたことが今年は駄目って事もよくあるわけです。←介護士さんは当然これを理解してるからこその家族や公的な所への確認をするわけです。

 

その時、中側の介護士さんが外側の家族に嘆願すると、『前は出来たじゃない。今年になって出来ないのはおかしい。』とか『そんなの頼んでない。おばあちゃんにはダメって言っといて。』とか言われるわけです。その事実をご老人に伝えるのは、中側の介護士さんなんですよ。いうなれば他人です。他人が身内の家族の事を助けようとしているのに叱責されるのです。

 

↑どう思いますか?!

 

客観的に見ても家族が言ってることって理不尽ですよね。でも、外側の人は分からないんです。なんで、中側の人がわざわざ確認をしに来てるかも。

 

もちろん、外側に居ても気持ちは中側の人。内側に居ても気持ちは外側の人もいると思います。でも、介護士さんたちは、その中間なんですよ。ご老人の願いは訊いてあげたい。でも、家族がダメって言う。お金がないって言う。じゃあ、どうしますか?!

 

私が話を聞いてた介護士さんは手出し(自分でお金を出して)をして、そのご老人にお刺身を買って食べさせてあげたというのです。

 

前回の『快食』でも、書きましたが、中側の人(介護士さん)と外側(ご老人の家族)どっちの考えがこの場合のご老人の気持ちをしっかりと理解して行動しているでしょうか。お刺身食べさせていいの?!と言う問題は置いときます。

 

内側の人の気持ちを出来るだけ考えて行動できる人がしてあげる。

 

これが、思いやりであり、親切だと思います。ご老人が、お刺身食べたいからと言っているので手出しをして買ってあげなさいと言う話ではありません。

 

内側の人は素直に自分の願いを伝え、中側の人は内側の人の願いを外側の家族に伝えて、外側の家族は、中側の人、内側の人の願いを出来るだけ理解して行動する。

 

これが出来れば、内側の人のストレスも減り、ひょっとしたら病状も良くなるかもしれません。それぞれの立場、状況で出来ること出来ない事があるのは当然です。でも、もし、少し頑張れば出来るのであれば、内側、中側、外側関係なく出来れば良いですね。

 

私も、仕事や家庭で内側、中側、外側それぞれの立場や状況になったりします。その時にどうしてもこのような気持ちのギャップという物に悩まされますがこれが優しさであり、人のぬくもりだと思います。優しさも、人の為に何かしてあげたいという思いも人それぞれです。でも、自分は少しでも人を思いやり、人にやさしく、人に親切な人間でいたいと思います。たとえ自分が病人だとしても。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございます、感謝いたします。