(新)風邪だと思ったんですが。悪性リンパ腫闘病記

風邪だと思って病院に行って出された診断結果は『悪性リンパ腫』そこから始まった血液のがん、抗がん剤治療、副作用、不安な日々との闘い。 そんな私とその家族の日々を書き綴ります。

入院前夜。

一時退院というほんの一時の休息を終え『悪性リンパ腫』という厄介な病気と闘うために私は再び、病院に戻らなければなりません。

その闘いは本当の意味での新たな闘いの始まりでした。

 

 2クール目開始前夜

 

明日は『抗がん剤治療2クール目』の開始日だ。こんなに楽しくも面白くもない開始日ってあるのだろうか。というわけでこの日は私の一時退院最終日。体力もこの一時退院の5日間で少し歩くくらいなら出来るようになった。

 

この日は、日曜日という事もあり、実家の家族と私の家族で神社に祈願と厄払いに赴いた。神社は寒く家族みんなが心配してくれた。無事、祈祷を済ませて全員で食事に行った。

 

家に帰り、明日の準備を済ませる。夕方になり子供と近所のスーパーに晩ごはんの材料を買い出しに行った。

 

『何が食べたい?!』私が訊くと。

 

『ママは何が食べたいかな?』と子供。

 

『ママに訊いてみれば』私は携帯電話で妻に電話をかけ子供に携帯電話を渡した。

 

子供は妻と一言二言話すと『だと思った。私も食べたかったもん』と、いかにも私が提案しましたとでも言わんばかりの表情で電話を切った。

 

『ママ、何が食べたいと言ったと思う?』子供が訊いてきた。

 

『おでん。』と私が答える。

 

『!!!』子供がまるで狐に包まれたような表情で私を見た。

 

『なんで分かったの?』と言う。『パパも食べたかったから。』と私。

 

『なーんだ。私も食べたかったんだよね。おでん。』『じゃあ、最初に言ってよ。』

 

そんなやり取りをしながら、おでんの材料を買う。妻が好きなはんぺん。子供が好きな牛のアキレスとこんにゃく。もちろん、私の好きな手羽元も買った。←これが美味しい!

 

家に帰って早速、家族みんなのリクエストである、おでんの調理をする。大根はさすがにこの痺れている手で切ると危ないので妻に切ってもらった。ぐつぐつとおでんが煮込まれる時間も、また、始まる抗がん剤治療の不安は募る。また、あれが始まるのか・・・。

 

おでんもだいぶ煮詰まり、もう少しで食べごろとなったころ。

 

子供が『パパ、お風呂に入ろう。』と言った。前回の入浴の件もあったので私は細心の注意を払い、シャワーだけで済ませた。子供は、きゃっきゃ、きゃっきゃ言い私とのお風呂を心から楽しんでくれたようだ。

子供は、私に勇気をくれる。こんなに小さな手で私の背中を押してくれて、こんなに小さな瞳で私に精一杯の愛情を伝えてくれる。

 

愛おしい。この子が。家族が。自分が。生きるとことが。

 

お風呂から上がり体を拭き終えると、いよいよ待ちに待ったおでんを囲んでの夕食だ。

今回最後の夕食だという事で私の気持ちも若干、高ぶっていたようだ。そんな幸せな食卓になるはずだった夕食の場面。些細なことで、少し悲しいことになってしまった。

 

出来上がったおでんを取り囲み食べようと妻が子供におでんを取り分けていた。その時

『大根入れないで!』と子供が大声で言った。

普段なら、何ともない事だろうが私も妻も、『何で大根食べないの!』とか『パパが一生懸命作ったのに。』とか『そんなこと言うなら、もう食べなくてもいい!』と子供を叱責してしまった。

 

情けない。

 

今思えば本当に子供に申し訳ないことをしたなと思う。あんなに私を励ましてもくれ勇気もくれたのに。普段、寂しい思いをさせている分、大根を食べる食べないの事で叱責する必要があっただろうか。父親失格である。

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この日のおでんは悲しく切ない味でした。(ToT)/

 

結局、泣き出した子供をなだめて、子供と二人で今回最後の夕食を食べた。妻は子供の事が許せなかったらしく他の部屋に行ってしまった。これから、私が居なくなれば妻と子供の二人きりになるのだ。子供に対して、何でいう事を聞いてくれないのって思う気持ちや、何でわがまま言うのって気持ちが妻を自己嫌悪に追い込んでしまってるのではないだろうか。申し訳ない。

 

最後の夜。布団を並べて子供と寝る。子供の生まれた時の話や、今より幼いときの話、私が幼かった時の母に怒られた話などをした。

 

『もっと話して。』とせがむ子供。

『明日、学校だからこれくらいにしよう。』と言う私。

『パパ明日から、病院でしょ。だから、話せなくなるじゃん。だから、話して。』と子供。

『じゃあ、もう少しだけ』ってな感じで話はいつまでも続く。

 

『〇〇。パパ明日から、また、病院行くけどママの事よろしく頼むよ。ママ一人で〇〇のご飯作ったり、パパの病院来たり、お仕事したり大変だから、助けてあげて。』

と切り出した。

『うん。私も頑張るから。パパも頑張って。そして、また、帰ってきたら、いっぱい遊ぼう。』

『わかった。頑張るよ。約束しよう。』私たちは小指と小指をお互い布団に入りながら指切りげんまんをした。

『おやすみなさい。』満足したのか子供がそう言って目を閉じた。

『おやすみ。』私が答えた。

 

すぐに、静かな寝息が聞こえた。その静かな寝息を聞きながら、頑張らないといけないな。いっぱい遊ぼうって約束したもんな。この子の為に家族の為に。私は静かに寝息を立てて眠る子供の横で流れ出した涙をぬぐおうともせずに、しばらく泣いていた。

 

ごめんね。寂しい思いさせて。ごめんね。パパも寂しいけど、〇〇の方がもっと寂しいよね。ママに怒られた時も庇ってあげられないし、宿題分からない時も一緒に解けなくてごめんね。パパもっとここに居たいよ。でも、病院に行かないといけないもんね。ごめんね。

しばらく泣いた後、はぁーーっとため息をついて目を閉じた。明日、目が覚めたら病気じゃありませんでした。夢でしたって、ならないかな。などと夢想しながら眠りについた。

 

 翌朝、私たち家族は今回最後の食事を済ませました。いつもの様に他愛もない話をして笑い合いながら楽しく。本当にこの日に病院に戻らなければいけないのかと思うくらいに普通の朝でした。

 

『行ってきまーす!』と元気に学校に行こうとする子供を玄関先で呼び止め、

『パパ頑張ってくるから、〇〇もママと一緒に頑張ってね。』といいました。

『うん。パパも頑張って!』子供はおおきく頷き、私に背を向けランドセルをブルンブルンと左右に振りながら走っていきました。

 

昼前には、しぶしぶ妻の運転する車に乗って病院に向かいました。車内では一切の会話もなくただただ病院に向かう道の車の列をぼーっと眺めていました。

 

(検査したら、ガン細胞消えてましたよ。良かったですねぇーとか言われないかな)などと馬鹿なことを考えながら。

 

まもなく、病院へ着き。『血液内科』の病棟へと向かいます。私の戦場です。戻って来たくなかった。戻って来たくなかった。と何度も心の中で言いました。

 

『〇〇さん、お帰りなさい。』担当の看護師が私に気づき挨拶をしてくれた。

『戻って来たくなかったけどね。』と憎まれ口をたたいてみる。

『そうでしょうね。』担当の看護師はバッサリと会話を切り、業務に戻っていった。

あれくらい(ドライじゃないとやっていけないよね)と心の中でつぶやき今回の病室へと向かった。

今回は、前回までと違い4人部屋があてがわれていた。自分のベッドに腰かけ、待っていると先ほどの担当看護師がやってきて左手に入院患者を管理するバーコードの入ったリストバンドを付けてくれ、これからの検査や入院時の注意事項をあらためて説明してくれた。

どうやら、いきなり検査の連続らしい。私は、早速、戦闘服であるパジャマに着替えた。検査内容は、心電図、心エコー、CT撮影、血液検査だった。何もなければいいが。

 

一時退院してからというもの、はっきりいって自分が病人だという事も『悪性リンパ腫』のキャリアであることも意識がどっか行ってしまっていた。この日はずっとそのギャップを感じながらも検査を受け続けた。

 

悪性腫瘍が増えていたらどうしよう。不安になりながら、検査結果の報告を病室で待った。数時間後、担当医が私の病室に来てくれて、今回の検査結果を報告してくれた。.

 

『特別に悪くなってるとかそういうところはないです。心臓の方も正常な動きをしていますし、心膜液(心臓と心臓にある膜に前回の入院時に水が溜まっていた。)の方も増えてはいないようです。』責任感の強そうな私の担当医はきりっとした表情で報告してくれた。

 

『本当ですか。良かった。』私は少しほっとした表情で答えた。

 

『ただ・・・・』ん?!ほっとしたのもつかの間、担当医の言葉が続く。

 

『?!ただ・・・?』なんですのん?!今、大丈夫って言ったじゃないの!って思いながら担当医の続く言葉を待った。

 

『前回の治療は、うまくいったと思いますが・・・』

 

(が?!)

 

『ここで、ちょっと、相談というか報告というか・・・』

 

なになになに?!と突然の担当医から出た言葉に動揺しながら、私の『悪性リンパ腫』闘病生活2クール目が開始されたのでした。この後、担当医から私も家族も予想もしなかったことを告げられます・・・。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。感謝いたします