(新)風邪だと思ったんですが。悪性リンパ腫闘病記

風邪だと思って病院に行って出された診断結果は『悪性リンパ腫』そこから始まった血液のがん、抗がん剤治療、副作用、不安な日々との闘い。 そんな私とその家族の日々を書き綴ります。

抗がん剤治療第3クール その④

抗がん剤の量が増えての治療が始まった。『悪性リンパ腫』との闘いはまだまだ始まったばかり。私の体、人生はこの先どうなって行くのだろう。そんな思いをはせながら日は過ぎていく。

 

今回のブログはシリーズものです。まだの方はこちらからどうぞ↓

 

orangelamp8.hatenadiary.jp

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 ※ブログ内の薬品名、医学用語はあくまでも私が医師から聞いた話や自身で調べた結果による内容です。私は、医学を学んだわけでもありませんので、あくまでも実体験に基づいて書いております。もし、治療中の方や相談などはご自身の医師にお願いします。その点にご留意していただきますようお願い申し上げます。

 

新たな出会い。残念な出会いと嬉しい出会い。

 

この『悪性リンパ腫』との闘いにもう慣れたかって思って来たのだけど、、、。

甘かった。勿論、薬の量が増えたことによる体のキツさ、ダルさ、痛みは前より酷さを増し、日に日にそれも強くなっていくようだ。これが今回の入院の残念な出会いだ。

 

薬の量が増える=副作用も増える。

 

頭では分かっているのだけど体と気持ちがついていかない。この時期から主に出始めた副作用と言えば、色素沈着と体の痒み、脚の攣り。

 

脱毛、頭痛、ふらつき、吐き気、指先の痺れは以前からあったのだけれど今回から上記の症状が増えた。と同時に今まであった副作用も大きくなった。

これまでこのblogで書いてきたのが可愛いかの如く思える症状まである。

 

体と心が自分の体内で起きている事についていけない。

 

これが率直な感想だった。不安というか、考えや頭の回転が間に合わない。

私は神経質で臆病な人間なので自分にどういう事が起きるのかを事前に知りそれに出来るだけ対処して臨めるようにして来たというのも大いにあると思うのだけど。

 

その変化が早すぎた。それまでも顕著だった頭髪の脱毛も一気に抜けて殆ど頭から無くなった。ペンを持つ指やリモコンを押す指の感覚も分からなくなり、強く押しすぎたのかその後には痛みを感じるようになった。

 

医師や看護師は言う。副作用は人それぞれですから。その言葉が私を不安にもした。

私の『悪性リンパ腫』は酷いのじゃないのか?進行が早いから薬の強度も上げたのではないのか?この手の痺れや脱毛というものは回復するのだろうか?

 

今思えば、その多くが慣れや知識によってある程度は取り除かれることになるのだけど。ある程度はね、、、。

 

この時の髪の毛。一応ショック受ける方もいると思うのでリンクしました。⇩

頭頂部

https://goo.gl/pCb3fN

側頭部

https://goo.gl/WjBJjc

 

約2週間前はこんな感じでした。

前頭部及び頭頂部

https://goo.gl/m5a9y2

後頭部

https://goo.gl/FXoKzM

側頭部

https://goo.gl/BTWZ0o

 

この髪の毛もそうですし、一旦は自分の状態や病気のことも飲み込んだはずなのにこの『悪性リンパ腫』ってやつは、毎回毎回振り出しに戻すようなことになるなって思いました。再発のリスクや他の病気に発展するという事もある病気なので気が抜けることは無いのでしょうけど。

私の当面の目標は『寛解』(かんかい)です。まあ、目安というか。『寛解』したからといって、、、な病気なのも分かりますが。

 

何でこんなことになったのか、、、。考えない日はありません。考えても答えが出ることもありませんが。

 

でも、そんな日に私に初めての友人というか患者仲間が出来ました。年は私よりもずっと若く、好青年と言う感じの男性です。病気の種類は私とは違いましたが『悪性リンパ腫』でした。この青年と出会えたことで私はとても救われました。

 

この病気になった時に(もっと年齢が若かったり、独身だったら死んでもよかった。)(もっと、自分が年を取っていたのなら諦めもついたのに。)って考えがありました。

 

でもこの出会いで自分の愚かさというか浅はかな考えに恥ずかしくなりました。

私には彼の真っすぐ私を見る、その目から戸惑いながらもこの『悪性リンパ腫』と闘うという姿勢が伝わってきました。

 

なんて自分は馬鹿な考えを、、、。頑張ってる。頑張ろうとしている人がこんなにも近く目の前に居る。

 

嬉しくて、その夜一人泣きました。

 

今までと違う、悲しさや悔しさの涙ではなく。

 

嬉し涙なんて当分流すことも無いと思ってました。でも、泣きました。

この時の出会いでこの青年がどれほど私を救ってくれたか。

 

それから、毎日、暇さえあればお互いの病室を訪れ、病気の話、仕事の話、恋愛の話、いろんな話をしました。お互い調子が悪ければ会いに行くのを避けたりもしました。

まだ出会ってほんの数日なのに本当に長年の友人の様な感覚で、修学旅行の夜の様なワクワクしながら喋る感覚でした。

 

その彼も入院生活が終わり私より早く、社会復帰をしながら外来受診という方法でこの病棟を去り、この闘う事になりました。最後病室を出ていくときに彼のお母様から礼を述べられたけれどとんでもないです。私の方こそ、、、。っていうくらいが精一杯でした。

彼と病院の中で過ごすことが出来なくなったのはすごく寂しい事ですけど、すごく嬉しいし頑張って欲しいです。

 

少しだけ悔しいですけど、、、。

 

彼は今でも外来受診の時に顔を出してくれます。 自分が苦しい思いをした病院、病棟、病室にまた、足を踏み入れるわけです。私に会うために。

 

勇気いる行為だと思います。

 

私にはそれが出来るかどうか、、、。

 

でも、その時には少し照れくさそうに私が好きなコーヒーと甘いお菓子を手に提げて、

『お久しぶりでーす。』って来てくれます。

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↑写真はイメージです💦

 

ありがとうございます。あなたに会えたからまた、闘おうという気持ちや自分の弱さに気付くことが出来ました。いつか、あんな辛い治療にもよく頑張ったねぇ~って言いながら酒を飲むの約束はまだまだ先になるでしょうが嫌って言うくらい生モノ、刺身食べましょうね。

 

今回は私が出会った残念な出会いと素敵な出会いをご紹介いたしました。

今思えばこの時期辺りからあんまり病気の事や副作用の事をネガティブ考える事無かったかなぁ思います。出会いってありがたいですね。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。感謝いたします。