(新)風邪だと思ったんですが。悪性リンパ腫闘病記

風邪だと思って病院に行って出された診断結果は『悪性リンパ腫』そこから始まった血液のがん、抗がん剤治療、副作用、不安な日々との闘い。 そんな私とその家族の日々を書き綴ります。

抗がん剤治療第3クール⑦

『悪性リンパ腫』の抗がん剤治療3クール目。回復期。

感染症に怯えつつ、いつもの副作用とフィルグラスチムによる骨痛と闘う日々。ここまでやっと来た。もうすぐ帰れる。家に帰れる。

その日がすぐそこまで・・・。

 

 

今回のブログはシリーズものです。まだの方はこちらからどうぞ↓

 

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 ※ブログ内の薬品名、医学用語はあくまでも私が医師から聞いた話や自身で調べた結果による内容です。私は、医学を学んだわけでもありませんので、あくまでも実体験に基づいて書いております。もし、治療中の方や相談などはご自身の医師にお願いします。その点にご留意していただきますようお願い申し上げます。

 

何を食べてもなんにも味がしない。

 

 『悪性リンパ腫』の治療の為のR-EPOCH療法3クール目もいよいよ最終段階。

ここまで来れば白血球達の回復を待って退院の許可が出るのを待つだけ。

抗がん剤投与終了から1週間。体はキツイ。主な副作用は、体のだるさ、手、足の指先の痺れ、胸の息苦しさ、体の節々の痛み、吐き気、頭痛、口内炎と目まい。どれも前回のR-EPOCH LV2の時の副作用よりも今回のLV3の方が遥かに副作用はキツイ。

 

それに加え、益々酷くなった味覚異常。

 

この味覚異常の為に、ここ4,5日位は何を食べても味がしない。

白飯は白い粘土と化し、魚料理はその臭みで食べれなくなり、汁物は水臭い透明の味のしない何かに変わってしまった。

 

無味無臭の水でさえ、ドロドロとした何かに変わってしまった。

 

私が住んでいる熊本市は阿蘇の山々の湧水でほとんどの水道水をまかなっており、水道の蛇口をひねれば、その水が美味しく飲める。親元を離れ、一番の熊本との違いはこれだった。どこに行っても大抵の街ではカルキ臭く、ビルの屋上にある貯水槽にある水は怖くて飲めなかった。その度に熊本は水の国。とはよく言ったものだと思っていた。

 

その私の熊本人としての源とも言える『水』がまずい。

 

このショックは大きかった。

 

医師から副作用の説明を受ける時に味覚異常の説明は確かにあった。

 

でも、、、。

 

ここまでとは思わなかった。

 

このショックは大きかった。この一週間、ほとんど病院食を食べることが出来なかった。私が入院している病院の病院食は、他の患者に言わせると美味しいらしい。

入院直後の心臓に心膜液が溜まり、不整脈が頻繁に出ていた時は循環器科に入院していた。まだ、『悪性リンパ腫』と診断される前の話。ずっと、昔の様な気がするけれど、、、。

 

循環器科に入院してから2週間くらいは寝たきりで、酸素の吸引もしていたし40℃を越える高熱がずっと続いていたので殆ど食事がとれなかった、心膜液除去の処置を終え息苦しさから解放され体力も少し回復すると食欲も出て来た。病院食も少しづつ食べれるようになり、病院食を食べながらの妻との会話でも『普通においしいね。』『これだったら、食べる心配はいらないかもね。』と話していた。

 

あれから4か月。

 

全く食べれなくなった。はっきり言って食事の時間が苦痛だった。自分食事でさえ、臭いや食感で食べれなくいるのに他の患者の食事の臭いで充満する病室の中にはとてもじゃないが居ることが出来なかった。ベッドの上で布団にくるまり、我慢していたこともあったけど、それも嫌になり度々、病室から逃げ出した。重たい体を引きずるように。

 

みるみる体重も落ちていきこの一週間で3kg痩せた。

 

お腹は空く。食べたいという気持ちもある。でも、病院食は食べれない。

その時に私がとった行動は、、、。

 

加工品に頼る。

 

だった。ここで言う加工品とは、『カップラーメン』や『スナック菓子』や『チョコレート』の事だ。若い時はカップラーメンとか普通に食べていたけれど、結婚して子供が出来てからはそれも無くなった。食べるとしても、2,3か月に1個食べるかどうかになった。その加工食品に頼った。食べても味はほとんどしない。美味しいと感じることもあんまり無い。でも、食べれる。ご飯を食べたという満足感はある。

 

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これでいいや。

 

と思った。食事の時間は病室を抜け出し、談話室でカップラーメンにお湯を注ぎ、それを食べて、まだ満足が出来なかったらスナック菓子を貪る。そして、他の患者の食事の臭いが消えた頃に病室に戻る。それが今回の退院まで続いたし、今もそのルーティーンは続けている。

 

この経験から病気の回復や栄養面を考えるよりも自分の満足感や達成感なんかを優先するような生活習慣になっていった。もちろん、明らかにこの『悪性リンパ腫』に多大な影響を与えるような生ものを食べたりはしないけれど。

 

以前のblogでも書いたことあるが私はこの『悪性リンパ腫』の原因はストレスだと思っている。だから、今の自分が出来る範囲で満足感や達成感で自分を満足させつつ少しづつ回復を待ったり日常を過ごすようになった。それでも料理を食べるのも作るのも好きな私にとってのこの病院での食事は大きなストレスになっている。

 

口内炎もひどく。痛い痛い。舌の先はピリピリと常に痛むし、舌には5mm位の裂孔が出来て口の中に入ってくるもの全てが沁み、その度に激痛が走った。

 

その時の舌の画像【閲覧注意】

 

https://goo.gl/Paqhd7

 

 以前のblogで紹介した同じ病気の青年が使っていて気になっていた、うがい薬を私も医師から処方してもらった。これを毎日使って口内炎が治って、舌の裂孔が塞がるのを待った。

その時に作ってもらったうがい薬は『ハチアズレ』といううがい薬と『キシロカイン』という麻酔薬を調合したものだった。

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これまでの入院生活に比べると副作用の対処や生活の習慣なんかも、この辺りから誰かに言われるためではなく自分で考え分からない事は質問をして、改善出来るところは改善して行くと徐々に私の体も心も回復に向かって行った。

 

自分の行動、考え、習慣をアジャスト(調整)する。

 

残念だけれど私の体は元気にスポーツを楽しみ、好きなものをお腹いっぱい食べ、好きなだけお酒を飲むという欲求に任せた生活が出来ない体になってしまった。

満足に食べたいものも食べれず、好きなスポーツに興じれば生命の危機にさえ曝されてしまう。好きな刺身やキムチ、生卵なども食べることは許されない。

家族でのキャンプや温泉でさえ感染症の危険性があるために禁止されている。

 

悲しいけれどあの頃の自分はもう居ない。

 

人は言う大丈夫だと。絶対に治るんだと。今は医学も進歩してるし薬も昔と違うからって。でもね。気持ちは嬉しいけれど。

 

もう、あの頃には戻れないよ。

 

あなたは強いね。あなたは若いから。お父さんなんだから頑張って。男でしょ。

色んな言葉で叱咤激励してくれる。

 

でもね。そんなこと言われなくても分かってるよ。

 

一番悔しいのは僕なんだ。

 

以前の自分には戻れない。これだけは間違いない。涙に暮れた日々も。命を絶とうと考えた事もある。

 

でも、前に進んでる。今は呼吸もそんなに苦しくないし、少なくとも食事もできるし、睡眠もとれる様になった。子供を笑わせることも出来るようになったし、歩けるようにもなった。

 

あの頃の自分には戻れない。

 

でもね。新しい自分が生まれたよ。生まれ変わったんじゃないよ。新しい自分の魅力に気付いたんだ。

 

パソコンで絵をかいたり。blog書いたり、小説書いたり、詩を書いたり。以前の自分ではやってない事をやり始めたこの頃。新しいものに興味を持ち苦労をして少しづつ少しづつ上達する。

 

やったじゃん。うまくなったじゃん。

 

自分を褒めてあげた。上手く描けたじゃん。決して自分が以前描いてた絵とは比べ物にならない出来の絵に感動して涙を流すことさえあった。器用でもないし、天才でもない。平凡、凡才な私。

 

でも出来た。

 

やってみたから出来るようになった。強い訳じゃない。弱いから強くなる必要があった。鉄と一緒。柔らかい鉄も叩いて叩いて硬くなる。叩いて叩いて強くなる。

熱い内に叩いて叩いて、不純物を取り除き、鉄としての純度を上げていく。

 

出来上がったものは日本刀にもなる。他にはない純度の高い最高の鉄。

 

私はそれになりたい。最初は弱くたっていい。脆くたっていい。醜いものでも構わない。でもいつかは、日本刀の様に硬く、美しく、誇り高いものになりたい。

 

今は生まれたばかり。先は長い。出来る事から始めよう。興味ある事から始めよう。

 

笑われたっていいじゃないか。時間かかったっていいじゃないか。急ぎはしない。

 

もうすぐ、妻の誕生日だ。10年前のお互いの誕生日にお互いに財布を送り合った。

私も妻も未だにその財布を使っている。私の小銭入れは穴が開き。彼女の財布もかなり傷んでいる。

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↑私が10年使っている財布

 

 

この夜、私はインターネットで買い物をした。10年前に妻に贈った財布と同じブランドの違う財布。喜んでくれると良いな。そう願って、ぽちっとな。

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最後まで読んでいただきありがとうございました。感謝いたします。