(新)風邪だと思ったんですが。悪性リンパ腫闘病記

風邪だと思って病院に行って出された診断結果は『悪性リンパ腫』そこから始まった血液のがん、抗がん剤治療、副作用、不安な日々との闘い。 そんな私とその家族の日々を書き綴ります。

『家族の頑張りが辛い。』入院患者の気持ちその②

病気になる。怪我をする。何かの物事でつまずく。

人生において挫折を味わう。

人は色んな事で悩み、苦しみます。でもその中でも必死に食らいついて、自分なりの光明を見つけ出します。これは家族も一緒。でも、その家族の思いが時には苦しめることも。

今回のテーマ患者の気持ちはシリーズものです。良ければどうぞ。⇩

orangelamp8.hatenadiary.jp


 

みんな必死だからこそ。

 

 今回のテーマは『患者の気持ちです。』まあ、患者の気持ちと言うか私がこの7か月の入院生活の中で感じた事を書き綴っていきたいと思います。

 

私は去年の11月に『悪性リンパ腫』と告知されました。このblogのタイトルにもあるとおりに最初は風邪だと思っていました。高熱が続いても普段通り仕事を続けていましたし、いつも通りの生活を続けていました。家族と一緒に。

 

でも、『悪性リンパ腫』と診断されてからは家族と離れて、私だけの入院生活を余儀なくされてしまいました。あれから、7か月。本当に大変な毎日です。病気のことで挫けそうになったり、副作用で苦しんだり、人生に悲観したり、社会復帰に向けて焦ってしまったり、そんな毎日です。その時々で解決策や修正方法は浮かぶのですが結局はこの『悪性リンパ腫』という病気がひっかることがあります。

 

まさに・・・。

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『網代の魚』状態です。

 

逃げ場がありません。体は病院、我が家と移動しますが私の居場所は『悪性リンパ腫』という病気の網代から逃げられないのです。

だから、生活する中で安心、満足に満ちた生活は出来なくなりました。

 

常に不安、不満な毎日です。

 

上にも書きましたが毎日、いつ何時もちょっとしたことで不安になり、何も手につかなかったり、不満でイライラすることも健康な時に比べてとても大きく多くなりました。

 

上にリンクが貼ってある以前の記事の『患者の気持ち』でも書きましたが、患者は入院生活が長引けば長引くほどわがままになっていきます。

その原因は様々なんです。でも、その殆どが不安、不満によるものが原因だと思います。少なくとも私はそうです。

 

病気になった不安。死ぬかもしれないという不安。副作用の不安。将来の不安。家族の不安。治療方法の不安。

 

入院生活の不満。医師への不満。看護師への不満。病院食の不満。治療方針に対する説明不足による不満。家族への不満。

 

など、数え上げたらきりがありません。

 

何度も書きますが患者は不安なんです。だから、小さなことでも不満になります。

今回は、その中でも『家族への不満』について書いていきたいと思います。長期的な入院生活が続くと考える時間は沢山あります。それだけ、孤独ですし暇なんです。

 

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入院患者がどのように時を過ごしているかと言うと、本を読んだり、ゲームしたり、テレビ見たり、ネットサーフィンしたり、絵を描いたり。

 

その過ごし方は様々ですが入院生活が長くてやりたいことやれて充実してたって人いるでしょうか?!少なくとも私はそうじゃありません。Twtterやblogも充実してたり忙しかったら、おそらく一生やっていなかったかもしれません。

 

じゃあ、なんでやり始めたか・・・。

 

『暇だからです。』

 

それ以外にも理由は色々ありますが第一の理由は暇だったからなんです。

では、他に暇な時間を何に費やしていたか・・・。

 

『考え事』です。

 

色んな事を考えました。入院して2,3か月は自分の殻に閉じこもっていましたし、今は色々と増えた医師や看護師との会話の内容もあんまり覚えていません。というか、そのころの記憶は霧と言うか薄暗い何かに包まれています。このblog書く時も備忘録として残した日記のようなものや自分が書いた詩を観ながら思い出して書いていました。

 

今はゴロゴロ寝転がって、スマホで遊んだり、パソコンでお絵描きしたりして過ごしていますが、その時は、院内のwifi(無線インターネット回線)の存在も知りませんでしたから、その暇な時間の殆どを『考え事』をして過ごしていました。

 

では、何を考えていたか・・・。

 

『家族の事』です。

 

殆ど家族の事を考える時間に費やしていました。毎日毎日、朝、昼、晩ずっと。

勿論、病気の事や将来の自分のことも考えましたよ。

でも、その割合は9:1で家族の事を考えていました。

 

でも、良い風には考えれませんよね。お見舞いの間隔が空けば自分は愛されてないんじゃないのかとか、必要じゃないのかとか考えましたし、特に父や姉は私の病気の告知を受け、体調を崩し、ほとんど来なくなりました。最初は冷たい人間だとも思いましたが、実際、何十年も一緒に過ごしてきた家族がやせ細ったり、体の傷が増えたり、抗がん剤で苦しんでいる姿なんて見たくありませんよね。私も母のそんな姿見たくありませんでしたから。

 

家族からの愛情の深さや量を考えたり、家族それぞれとの距離感を考えていました。

こんなに近くに住んでいるのに何で来てくれないのとか思っていました。

妻は朝から夕方まで働き、子供の面倒を見てくれていますし、父も、姉も仕事しながら自分達の生活もあります。母の事の傷もあるでしょうし。

 

これは患者側からの家族に対しての考えです。

 

では、患者の家族からはどうでしょうか?!

私の母は、4年前まで肝臓がんの為に抗がん剤治療をしていました。今、私が入院しているこの病院で。その時、私は患者の家族としてこの病院に来ていたわけです。

 

週に1,2回程度のペースで訪れていました。週に1,2回のお見舞い。私には多い方だと思っていました。でも、母はいつも寂しいと言っていました。

今の私も少ないと思います。勝手ですよね。自分の身になんなきゃ分かりませんでした。本当に勝手な考えだと思って自責の念でいっぱいです。

 

私の妻がお見舞いに来るのも同じくらいです。週に1,2回。寂しいですよねやっぱり。父は1か月に1回来るか来ないか。姉は今年に入って1回来たかなぁ?!

って、感じです。測ってしまいますよね。距離感。

 

まあでも、今は来るのも精神的に体力的に金銭的(交通費や、駐車場代、お見舞いの品など)にも負担になることは分かっているので別に来てくれなくても良くなりましたけどね。一時退院の時はいつも一緒に焼き肉食べに行きますし、毎回ご馳走になっていますから(苦笑)

 

こんな気持ちになれたのは、一種の解脱や達観をしたからなんですよ。自分の中で苦しみ、悩み、考えた末にたどり着いた場所の様なものです。私の入院している病棟にも毎日のように新しい入院患者が来ます。不安な表情で。7か月前の私と一緒です。5か月前の私と同じ、殻に籠った表情です。仕方ないですよね。

普通に生活してたのに、ある日突然、

 

『あなたは、がんです。』

 

って、言われるんですから。

私は今、泣いています。この記事を書きながら、当時の事を思い出したり、昨日、入れ替わりで入院してきた人や昨日、退院して行った人の最初の顔を見てしまっているから。

その方達も泣いていました。大の大人が泣くんですよ。いい年こいたおっちゃんや厳つい顔のおっちゃんが泣くんですよ。夜な夜なカーテン越しにそのすすり声が聞こえるんですよ。私もそうでした。

 

この告知は中々受け入れられるものではありませんし、言われた当人でしか絶対に理解できないものがそこにはあります。どんなに近い存在や家族でもそれは絶対に理解出来ないと思います。残念ですが。これだけは断言します。

 

そうなった患者は中々、その殻から出ては来ません。それを知ってか知らずか、頑張って!の嵐。殻を抜けて、解脱、達観した人は良いですよ。頑張って!って言葉も今の私はありがたいです。

でも、その時は耳に入って来ませんし心にも届きません。何を何処までどれ位頑張ればいいのか分かんないのに無責任なこと言わないでって思ってましたもん。

 

家族の中には、その殻を叩き割ろうとしたり、無理やり引きずろうとする人もいます。

どっかで学んだ民間療法や健康食品の類。色んな崇拝の対象や人物などありとあらゆるものを使って、その殻を叩き割ったり、引きずり出そうとします。

気持ちは分かります。家族も必死なので。気持ちはわかります。

 

でも、まだそれは早いと思うんですよ。

 

だって、患者本人は飲み込めてないし、病気を受け入れてないんですよ。その状態の時に手を引っ張ったり、無理に出そうとしたら、患者は逃げ場が無くなります。

今の私はよく他の患者と話します。その中で皆さん最初に仰るのが

 

『何で私が!何でガンなの?』

 

です。これがまず飲み込めない。だから、殻に籠るんです。じゃあ、そういう時にどうするか、、、。

 

出て来るのを待ってください

 

きっかけは人それぞれでしょうが必ず出て来てくれるとは思います。そばに居てあげてください。言葉は要らないんです。そばに居て大事な方の声を聞いてあげてください。

それだけでどれだけ安心するか。どれだけ救われるか。

 

お金もお見舞いの品も叱咤激励の言葉も要りません。うんうん。って聞いてくれるだけでいいんです。

 

私がこの病棟で先月、お会いした60代の男性の患者さん。その時は初めての治療だと仰ってました。そして何回も『なんで俺が!悔しい悔しい!』と仰ってました。

私はその方の話に耳を傾け、うんうんと頷いていました。しばらくすると『あなたは何の病気?』と訊かれたので『同じ病気です。』と答えました。その瞬間にその男性は少し微笑まれて『そうなんだ~』と言葉を漏らされました。その後、少し私の話をして一緒に病室へ戻りました。

 

1か月が経ちまた、その方とまたお会して、お話しました。でも、明らかにその表情は前回とは違っていました。私の顔を見るなり『おおぉ~ひさしぶりですねぇ~』とにこやかに話す男性の姿を見て嬉しくなりました。『あなたと話せて救われたよ。前回話したときは、もう悔しくてさ~受け入れられなかったけど。あなたと話して若いのに大した考えだって思って感心したし、反省したよぉ~』って仰りました。

 

『そんな事無いですよ。私もそうでしたし皆さんそうですよ。いきなり、そんなこと言われたってって思いますから』そう言って二人でにこやかに喋りました。

 

それから、毎日、その患者さんと話しますし、他の患者さんともよく話します。

私も救ってもらいましたから。だから、私が出来ることはやって行きたいと思っています。邪魔にならない程度にですね。今では病棟のあちらこちらに患者仲間が出来ました。時に励まし合い、時に愚痴り合い、時に笑ったりしながら、もう少しだけここでの生活が続きそうですが、いつかは皆さんと一緒に焼き肉でも行けたらなって思っています。

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最後まで読んでいただきありがとうございました。感謝いたします。