(新)風邪だと思ったんですが。悪性リンパ腫闘病記

風邪だと思って病院に行って出された診断結果は『悪性リンパ腫』そこから始まった血液のがん、抗がん剤治療、副作用、不安な日々との闘い。 そんな私とその家族の日々を書き綴ります。

抗がん剤治療4クール目 その④

秋に入院して季節はもう春。私はこの病院のベッドの上で冬という季節を丸々過ごしてしまいました。

 無くした季節。失った季節。

 

私が入院している病棟にもこの春から新しく配属される看護師が数人研修に来ていた。今は大学4年生らしい。世間はもう、そんな季節なのだと思った。

 

私はこの空調が効いた病室の中で、秋を過ごし、年末年始を迎え、自分、子供、妻の誕生日も過ぎていった。大好きな冬を丸々無駄にした気がする。

 

生きるためにも将来のためにも絶対に治療も入院も必要なのは分かっているのだけど寂しかった。冬独特の澄んだ空気をこの肺いっぱいにため込んで、そして、白い息を吐きたかった。

 

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でも、もう季節は春なんだと病院の敷地内の木々を見て思った。『悪性リンパ腫』と告知された時は、この病気になってしまった意味や理由をさんざん考えたけれど今となっては、それもどうでも良かった。意味なんかはきっとないと思う。あとで、結果的にこんな意味があったんだろうなと思うんだろうと思った。

 

この5か月間、病気の事を考えたり、調べたりしたけれど自分の今の状況というものを医師に確認するという事は無かった気がする。インターネットや図書館でがんや悪性リンパ腫については調べた。でも、今の私の状況、病状は調べなかった。

 

怖かったからだ。

 

現状を聞くことは怖かった。もしも、まだ体中にいくつもの悪性リンパ節があり悪性の細胞があちこちにあったら、、、。

 

4クール抗がん剤治療をしたのにもかかわらず、、、。

 

それを

 

考えただけでも恐ろしかった。

 

でも、この治療は残り約半分。今後の治療方法や副作用の動向などを知るためにも知っておく必要があるかとも思った。自分の現状を知ろう。私は勇気を出して、担当医に今の自分の状況を聞いてみた。

 

担当医に訊いてみると自分が思っていた病状と実際の病状は違っていた。違っていたというか自分の認識不足だった。

 

自分の認識では、

病名:びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫

実際の病名は、

病名:びまん性大細胞型・バーキット中間分類不能B細胞性リンパ腫

 

治療開始時のがんの進行度も自分ではステージⅢだと思っていたが、入院時に心臓の方にも影響があり、その際に除去した心膜液の中にも血が混ざっていたために実際の進行度は最悪のステージⅣだった。私の認識していた病状よりも悪かった。

 

この結果を聞いたときショックで手が震えた。

 

この結果というか病状は、以前から私が知りうる事だったのだろうけど、私がそれを受け入れなかったのか確認していなかったのか分からないけれど。

 

知らなかった。

 

この後の担当医の話で治療自体は上手くいっているという事。造影剤を使ったCTで見ても、がんの腫瘍自体は目視で確認できないくらいになっている事などを聞かされた。

 

この話を聞いてみて、あらためて自分が入院した時が如何に急を要したかも、治療方法がR-CHOP療法からR-EPOCH療法に変更されて、しかも使う薬の量もレベル3とういう強度になっているのかも理解できた。

 

現状を知る。

 

当たり前だけど勇気がいる行為。

 

この事が切っ掛けで自分の病気の事、この病気の事、がんという病気の事をもっと知ろうもっと知りたいと思うとともに、何か残そうという思いも強くなっていった。

 

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。感謝いたします。