(新)風邪だと思ったんですが。悪性リンパ腫闘病記

風邪だと思って病院に行って出された診断結果は『悪性リンパ腫』そこから始まった血液のがん、抗がん剤治療、副作用、不安な日々との闘い。 そんな私とその家族の日々を書き綴ります。

私が親としてできる事。抗がん剤治療4クール目終了

私には娘が一人います。とても、とても大切な存在で、この子の為なら私は世界を敵に回してでも一人で闘います。いつか子は親から離れていくとしても、それまで出来る精一杯のことをしてあげたい。

 

今年度最後の授業参観

 

退院翌日。この日は朝から子供がソワソワ。私と妻に何度も、授業参観が何時から始まるのか、何を発表するのかを繰り返し伝える。妻は少しめんどくさそうに分かったって言う。

私はハイハイと相槌を打つ。子供が浮ついて授業参観の話をしているのを見てると私が子供の頃を思い出す。恥ずかしいけど来て欲しかった授業参観。母は忙しい中、毎回来てくれていた。父は2回くらい来てくれた。嬉しかった思い出。

 

以前のブログで書いたことあるけど、私は子供が保育園の頃から毎回この授業参観を楽しみにしている。どんなに仕事が忙しい時でも時間を作って参加してきた。参加するたびに家ではない外の子供の成長した姿が見れるし、何より授業参観に行った時に見せるパパ来てくれたんだっていう時の嬉しそうな、恥ずかしそうな、顔がたまらなく愛おしい。

 

朝食をみんなで食べて私は少し横になった。退院出来たといえ、この時の白血球の数値は過去最低。インフルエンザが流行っていたこ時期に学校には行くべきでは無いのかもしれないが、どうしても行きたかった。

入院中も辛い抗がん剤の治療に耐えたのもこの授業参観に行きたかったからだといっても過言でもない。

 

昼に会社から一旦、戻ってきた妻と昼ご飯を食べて学校に向かう準備をする。その間も妻は何度も

 

『本気で行くの?行かない方が良いと思うよ。人が多いし。』

 

と言って来た。私はその度に『大丈夫大丈夫』と繰り返した。妻は一旦会社に戻って学校に行くと言い、私はしばらく休んで学校に向かった。

 

家から学校までの距離は約1.5km歩いて20分位の距離だ。今回も3週間近く入院生活が続いて、体力も筋力も落ちて、ましてや赤血球も少ない状態の私は息切れと目まいと闘いながら学校へと足を運んだ。

 

学校が近づくにつれて、

 

こんな変わり果てた姿で学校に行っても大丈夫なんだろうか?

 

この時のは私は、頭髪はもちろん、眉毛も無かった。体も瘦せ細り、以前の私とは別人だと思う。体重が10kg近く落ちたのだ当然だろう。頭髪はコットンの帽子を被っているので何とかなるだろうけど。そんな事を考えながら、帽子を深めに被りなおした。

 

学校に到着。

 

子供の教室に急ぐ。授業はもう始まっていた。妻が小さく私に手を振った。私の病気を知ってくれている担任の先生がこの時は、保護者用に椅子を用意してくれていた。

 

ありがたい。

 

私はその椅子に腰を下ろし、授業の動向を見守った。今回の授業参観の内容は各班ごとに、この地域の遺跡や特産物などの歴史について学んで、それを発表するという事だった。

 

結婚を機に住み始めたこの地域。子供たちの発表はどれも新鮮で興味を惹くものだった。

 

そして、いよいよ、うちの子の番が回ってきた。みんなの前に整列したうちの子は、私の姿を見つけると少し照れくさそうに顔を伏せた。この班の発表内容はこの地域の名産のお菓子だった。

 

スーパーに一緒に買い物に行くたびに、このお菓子を食べたいと子供は言っていたが未だに見つけることも食べる事も出来ずにいた。インターネットで探してもその情報はほとんど見つけることが出来なかった。

 

『そのお菓子の名前間違ってるんじゃないの?』

 

って、何度子供に言ったか分からないけど、目の前で発表されているお菓子の名前は、子供が言ってたそれだった。(もう一回探してみよう。)私はそう思った。うちの子は、その班の進行役を務めていた。我が子ながら、凛としていてハキハキと喋り進行していく姿に目頭が熱くなった。

 

ドンドン大人に近づいて行くなぁ。嬉しくも、寂しくもあった。

 

発表が終わり、自分たちの席に戻る時に子供は私の方を見ながら、

 

『どうだった?!』って訊いて来た。

 

私は拍手をしながら、『良かったよ!』って言うメッセージを送った。

 

全ての授業が終わり、学級懇談会が始まった。子供は私と帰るために廊下で待っている。話はどんどん進んだ。この会が終わったら、この年一緒だった保護者とも担任の先生とも別れることになる。

 

会が終わり、保護者に挨拶をする。その殆どが保育園から一緒なので誰がどの子の保護者なのかも分かる。うちの子が遊びに行ったり、うちに遊びにくる子の保護者には特に念入りにお礼と挨拶をした。

 

保護者に挨拶をした後に担任の先生に挨拶をする。先生は私の顔を認めると、少し驚いたように口を両手で抑えて迎えてくれた。一応、私の病状や経過を話す。

 

先生の身内にも同じ病名の人がいたらしく先生は涙を流しながら私を激励してくれた。うちの子も大好きな先生。私もこの先生が担任で良かったと思う。先生に何度も礼を述べて私は子供と一緒に家に帰る。

 

学校から家への帰り道。

 

私と母も何度かこうして帰ったことを思い出す。

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↑これは別の日ですが。

 

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『これは何の木でしょう?』とクイズを出したり、『私はこの前どこで転んだでしょうか?』とかクイズを出されたり。こうやって一緒に帰ってくれるのもいつまでかな。

って思いながら。

 

私は家に着くと安堵感と疲れの為にすぐに横になった。子供は友達と遊びに行くと言い私におこずかいをせびっていった。

 

『行ってきます。』

 

少し乱暴に閉められる玄関のドアと元気いっぱいの子供も声を聴いて私は目を閉じだ。

 

元気で何よりだ。 

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最後まで読んでいただいてありがとうございました。感謝いたします。