(新)風邪だと思ったんですが。悪性リンパ腫闘病記

風邪だと思って病院に行って出された診断結果は『悪性リンパ腫』そこから始まった血液のがん、抗がん剤治療、副作用、不安な日々との闘い。 そんな私とその家族の日々を書き綴ります。

私を救ってくれた恩人。

この血液内科の病棟に移ってきたときの私は死んでいた。生きてはいたけど、精神的には死んでいた。心はここになく、その心を納める箱の体はがんに侵されていた。生きていてもしょうがないんじゃないのか。そんな日々だった。

 

部屋のカーテンは閉め切り。真っ暗な部屋で過ごす日々。

 

今回は『悪性リンパ腫』告知、直後のお話です。

 

『悪性リンパ腫』と告げられて、体の全ての機能が止まってしまったようだった。何も考えられず、何も口に出来ず、ただ干からびていた。精神も体も唇も。

 

自分は何の為に生きて来たのか。何の為に生かされているのか。

 

いっそこのまま、、、。

 

私の病棟は11階にある。

 

部屋の中は昼間でも真っ暗。私はおぼつかない足取りで窓に近づき窓の鍵を開けた。

 

楽になろうか。

 

そう思ったのかもしれない。

 

でも、窓は3㎝位しか開かなかった。

 

血液病棟だから空気感染しないようにそうしてるのか。

 

私の様によからぬ考えをする者がいるからそうなのか。

 

恐らく両方が答えだろう。

 

私はため息をつきながら窓の鍵を閉めて、すごすごとベッドの上に戻った。スマホの中に保存してある写真を見る。このスマホの一番最初に撮った写真から見た。

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ちょっとピンボケではあるけれど妻と子供と猫の写真だった。

 

日付は2011.3.24

 

今から6年前。仕事も順風満帆で熊本の所長になったくらいかな。幸せだったと思う。

 

愛すべき家族が居て、ペットが居て、その愛すべき存在が一緒に寝る前の時を楽しそうに過ごしているそんな写真だった。

 

涙が止まらなくなった。

 

スマホを指でスクロールしていくたびに現れる数々の写真。子供が生まれてからの成長の記録。愛すべき存在に食べてもらいたくて作った料理の数々。家族で行った場所。家族で食べた料理。

 

私の幸せがそこには詰まっていた。

 

涙だけではなく、鼻水、よだれ。私の体から色んな水分が出ていく。こんな枯れた体にも水分はまだ残っているようだった。

 

トントン・・・。

 

ドアをノックする音がした。

 

私はあわてて涙をぬぐい鼻をかんだ。

 

『〇〇さん、入りますよ。』

 

そう言って入ってきたのは清掃員の方。歳は母よりも若い位の女性の方。

 

※ここでは愛着をもっておばちゃんと呼ばせていただく。

 

この清掃のおばちゃんは、影の人。いつも目立たないように、邪魔にならないように気を使ってお掃除をしてくれる。この時、どん底に居た私もこのおばちゃんとは少しではあるけど毎日の様に会話をしていた。

 

たまたま、料理の話になった時にピザの作り方の話になった。おばちゃんはピザが好きだという。私も好きなのでよく家でピザを作るって話をした。

 

『うちの子供も好きで、、、。』 

 

私はそう言った瞬間、泣いてしまった。さっき見た写真の中に子供と一緒に料理をしたり、子供が私が作ったピザを美味しそうに食べてる写真があったのを思い出したからだった。

 

妻以外の家族、医師、看護師の前でも泣かなかったのに。この時ばかりは、涙腺が崩壊してしまった。このおばちゃんが母の存在とひょっとしたらダブってしまったのかもしれない。

 

『〇〇さん、辛いよね。何で自分がと思うよね。私もそう思うよ。こんなにいいお父さんが何でこんな病気にならないといけないかってね。』

 

そう言っておばちゃんも私と一緒に泣いてくれた。

 

その涙を見て、私は声を出し泣いた。

 

嗚咽が止まらなかった。

 

なんで俺がって言う事もそうだけど、強がっていた私の気持ちを代弁してくれたおばちゃんの優しさに涙が声が止まらなかった。

 

『でもね、負けちゃだめよ。色んな患者さん見て来たけど〇〇さんの様に、大変だけど頑張って元気になって社会復帰した人知ってるもん。その人は消防士で大学の子供が2人居るって言ってて、毎日、毎日、なんで俺がって、何で今のなの?って、大きな体した人が泣くのよ。私も見てられなかったけど、何でだろうね何でだろうねって2人して毎日毎日泣いたのよ。あれから、1年半たつけど、この前社会復帰して消防士として頑張ってるのよ。毎日泣いてた人が。だから、頑張らないといけないよ。子供さんはお父さんが帰ってくるのを待ってるんだから。負けたらだめよ。』

 

私は、顔をぐちゃぐちゃにしながら、滝のように出る涙と鼻水をタオルで必死に抑えながら何度も何度も頷いた。

 

『負けないですよ。これくらいで。』

 

声にもならない声でこういうのが精一杯だった。さっきまで死ぬことを考えていたけど、私にも意地があった。子供の為と思ったら、やってやるという気持ちになった。

 

この日から、おばちゃんとの会話も増えた。もう泣くことは無かったけれど、間違いなくこのおばちゃんは、私の命の恩人。感謝しても感謝しきれない恩人。

 

今でこそ、冗談で『〇〇さん元気になったね。半年前は部屋も真っ暗で。』って笑いながら言われる。

 

ああ確かに。あの日はあの部屋で孤独で孤独で。辛かった。

 

でも、あの日の私はもう居ない。

 

ありがとうございます。おばちゃんのお陰で私の中で勇気と希望が湧いてきました。

父として、夫として生きていく覚悟も、この病気と闘う覚悟も出来ました。

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ありがとう。おばちゃん。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。感謝いたします。