(新)風邪だと思ったんですが。悪性リンパ腫闘病記

風邪だと思って病院に行って出された診断結果は『悪性リンパ腫』そこから始まった血液のがん、抗がん剤治療、副作用、不安な日々との闘い。 そんな私とその家族の日々を書き綴ります。

抗がん剤治療5クール目 その3

5回目の抗がん剤の投与が始まった。私の体の中の隅々まで行き届き細胞を壊していく抗がん剤。良い細胞も悪い細胞も。

 

吐き気止めは要らなかった。

 

昨日飲んだ『イメンド』は意味なかった。それぐらい強烈な吐き気が私を襲った。

 

吐き気と言っても、飲み過ぎた時の吐き気や車酔いの時の吐き気とは違う。飲み過ぎや車酔いの時の吐き気は頭がクラクラして、それに合わせて吐き気がする。吐いてしまえば少しは楽になったりもする。

 

でも、この抗がん剤の副作用の吐き気は、頭はクラクラしない代わりに強烈な吐き気が急に来る。その度に容器にその込み上げてくる物を吐こうとするけど何も出ない。

 

何度も何度もこの行為を繰り返す。

 

何も出ない。

 

病室に私の嗚咽が響き渡る。

 

夜中でも早朝でも関係なく響き渡る。他の入院患者はきっと寝てる筈。でも、遠慮なしに響き渡る私の嗚咽。でも、何も出ない。

 

出るのは、涎と涙だけ。

 

何でこんなことになった。

 

何でこんなことをしている。

 

私は『がん患者』なのだ。だからこうして苦しい思いをしないといけないのだ。何が悪かった何が良かったかは関係ない。

 

ただ、たまたま、がん患者になっただけ。

 

神様が居るとしたら、死神が居るとしたら、その戯れか、気まぐれかのくじ引きで選ばれたのか。

 

その引き出されたくじは、

 

当りだったのか。

 

外れだったのか。

 

確率的には5万分の1。10万分の1。

 

宝くじが当たってもおかしくない数字なのに。

 

私はここで何をやっているのだろう。こんな場所で何か月も時間を無駄にして、家族に迷惑をかけて、子供に寂しい思いをさせて。

 

私は何で死ねなかったんだろう。死んでしまえば楽だったのに。死の世界なんて怖くない。母が亡くなった時にお寺の住職から極楽浄土の話を聞いたが、今の私にとってはこのベッドの上で自尊心も父としての夫としての働きも出来ぬままに、抗がん剤のチューブと心電図のコードに縛られながら、薬と医師と看護師に命を繋いでもらっている方がはるかに辛く悲しかった。

 

家に帰りたい。

 

こんなに辛い毎日を同じく辛い思いをしているカーテンの向こうの患者の睡眠という安らぎの時間まで私の醜い嗚咽で妨げてしまっているのなら、私は死にたい。

 

ここまで、しないといけないのか。私が何をしたのだろう。

 

これは贖罪なのか。

 

罪を贖うための。

 

何の罪なのか。

 

仕事を辞めたからか?鬱になったからか?家族を子供を迷わせたからか?

 

今も迷わせている。

 

こんな事になってしまったおかげで。

 

悪かったと思っているよ。すまなかったと思っているよ。だからこうして、文句も言わずに堪えてるではないか。

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こんな事を今回の入院中はずっと思いながら過ごしていた。それ位、今回の抗がん剤治療は辛い。これまで4クール目もやったのだから慣れていたと思っていたのに。体に出て来る副作用の強度もその数も今までとは違っていた。

 

手足の痺れ、脚の攣り、顎関節の痛み、頭を何かで締め付けられるような頭痛、強烈な吐き気、生きてるのが嫌になるような虚脱感、遠い世界につれていかれるような胸のつかえ苦しさ、カレーの味さえも分からなくなる味覚異常。

 

この病気にも抗がん剤治療にも慣れなんて無かった。

 

新たな痛み、新たな症状、新たな副作用が日替わり、分刻みでやって来る。

 

何も考えれない。

 

大丈夫と訊かれても、どんな症状と訊かれても、何が食べたいと訊かれても。

 

何にも答えられないよ。

 

自分でも分からないんだ。

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慣れなんか、なかったんだ。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。感謝いたします。