(新)風邪だと思ったんですが。悪性リンパ腫闘病記

風邪だと思って病院に行って出された診断結果は『悪性リンパ腫』そこから始まった血液のがん、抗がん剤治療、副作用、不安な日々との闘い。 そんな私とその家族の日々を書き綴ります。

抗がん剤治療5クール目 その6

『悪性リンパ腫』となっての5回目の抗がん剤治療もいよいよ終盤。この5クール目は本当に精神的にも肉体的にもしんどかった。一番辛かったのかもしれない。

 

R-EPOCH療法レベル3の治療がもたらしたもの

 

動けない。

 

それほど今回の5クール目はきつかった。今まで行って来た治療がまるで抗がん剤治療の予行練習だったかのように辛く苦しいものだった。

 

何でこんなにきつい目に合わなければいけないのか、私よりももっと辛い目に合えばいいのにって思う人間はいくらでもいるだろうにと言う恨み節を言いたくなるくらいに今回の治療はきつく苦しいものだった。

 

何もかもが辛く苦しい。

 

今まで私が行った抗がん剤治療は、

1回目R-CHOP療法 (心臓に合併症があったためにRのリツキサンは無し)

2回目R-EPOCH療法レベル2

3回目R-EPOCH療法レベル3

4回目R-EPOCH療法レベル3

5回目R-EPOCH療法レベル3

 

私が行っているR-EPOCH療法はEPOCH±R療法とも言われ、患者の病状や悪性腫瘍の状態によって薬の量を増減させる治療方法でもある。

 

その治療のレベル3での3回目。

 

何もかもが限界に来ていたのかもしれない。一週間以上も食べ物をほとんど口にすることも出来ず、飲み物しか口に出来なかった。理由はいくらでもあった。副作用から来ている吐き気、倦怠感、虚脱感、頭痛、口内炎、舌炎、顎関節症。

 

その全てが私の食欲を奪ってしまった。

 

それ以外にも、家族や友人が見舞いに来てくれると言っても会う事が出来ず、患者仲間たちが何度か病室を訪れてくれたけれど、話すことも出来なかった。

 

まどろみベッドの上で何もする気にも何もできずに芋虫の様にモゾモゾと這いつくばっていた。

 

 

入院して一週間。何も食べてないと言った私の元に子供と父が果物を持ってきてくれた。体調は決して良くは無いのだけれど、おぼつかない足取りで談話室へと向かった。

 

そこには子供が待っていてくれて、嬉しそうに私を迎えてくれた。

『パパ果物持ってきたよ』そう言って笑顔で果物を私に掲げてくれた。

 

そして、父と共に私の為に一生懸命洗ってくれた。

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本来イチゴは感染症対策の為にあまり食べない方が良いとされている食べ物だけれど、せっかく、父と子供が持ってきてくれた食べ物だから食べてしまった。

 

まあ、この時は食べてはいけないという知識も無かったのだけれど。白いイチゴなんてこの時に初めて食べました。

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大好きなオレンジも持ってきてくれたけれど、切るものが無いんだよなぁ。この辺が母と父の違いですかね。

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まあ、その殆どは子供に食べられるんですけどね(笑)

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父と子供が二人で私の為に果物を洗ってくれているところや、二人のやり取り、自分の口よりも大きいイチゴを次から次へと頬張って、リスもビックリするほど、その両頬を膨らませている子供を見てものすごく元気をもらいました。そんな孫を父が見ながら楽しそうに笑う姿も私に力をくれました。

 

治療は辛いけれど、私には帰れる場所があって待っててくれる人たちがいる。それだけで、闘う勇気と力が湧いてきました。

 

エレベーターで元気に手を振る我が子と申し訳なさそうに力なく手を振る父の姿にも胸を打たれて、私は病室に戻って一人涙しました。

 

『変わってあげられるのなら変わってあげたい。お母さんの時も思ったけれど、こればっかりはね。』

 

そう言って悔しそうに窓の外を眺める父の表情に『大丈夫よ』と言っては見たもの、たとえ変わる事が出来たとしてもこんな苦しみ金輪際私だけで十分だと思いました。

 

『帰ろう。みんなの元へ。』

 

私はその日、鎮痛剤と吐き気止めを服用して早めに眠りにつきました。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。感謝いたします。