(新)風邪だと思ったんですが。悪性リンパ腫闘病記

風邪だと思って病院に行って出された診断結果は『悪性リンパ腫』そこから始まった血液のがん、抗がん剤治療、副作用、不安な日々との闘い。 そんな私とその家族の日々を書き綴ります。

子供たちが頑張る姿。

『悪性リンパ腫』という病気になってからというもの私の中での小さな目標というものがいくつもあった。この病気の治癒と言うのが一番の目標だけど、それは今ででは遥かに遠い。

 

5月26日までに退院したい。

 

5月26日。私は、どうしてもこの日に退院しないといけない理由があった。5月27日は娘の運動会の日だからだ。

 

抗がん剤投与も6クール目が終了して回復期に入っていた。月曜日、水曜日、金曜日と週3回ある血液検査の結果、22日の月曜日と24日の水曜日は、まだ回復傾向に無いという事で退院の許可は得られなかった。

 

そして、迎えた26日の金曜日。私は最後のチャンスである金曜日、何とか回復初期段階で微妙な所ではあったけれど退院をすることができた。

 

まずは、一安心。

 

どうにかこうにか退院は出来たものの炎天下の中、小学校のグラウンドでの運動会観戦に今の私の体が果たしてもってくれるかと言う不安を持ちつつ家に帰った。

 

自室の布団で休んでいると学校から帰って来た子供が私の姿を見てとても喜んでくれた。

 

『パパ、私の運動会に退院が間に合って良かったね!』彼女はそう言って笑った。

 

何度もこのブログで書いてきたことだけど、彼女は私が家に居る=元気になった。と思っている。でも実際はその状態には程遠いものだった。

 

今回の6クール目は今までのクールに比べて一番きつい治療だった。投与される薬のレベルは3から2に下がったというものの本当にきつかった。回復期に入るのも遅かったし、退院したこの日も頭はズキズキと痛むし、目眩もひどく立ち上がる時は支えを必要とした。

 

そして、迎えた運動会の日。夜中の3時位から妻は起き出してお弁当を作ってくれていた。例年の運動会の時は、私が朝の5時に場所取りに行って、妻はその間にお弁当作りというものが我が家の流れだった。でも、今年はそうもいかなかった。

 

私は起き上がることも手伝う事も出来なかった。

 

かろうじて起きて朝食を3人で食べ、娘を送り出した。娘は何度も、自分が走る順番や踊る場所の説明をしてくれた。

 

私は、わかったわかったと言った。

 

先に家を出た妻をよそに私は子供の出走時間まで少し休むことにした。

 

時計の針が9時30分になった。私は完全防備で小学校に歩いて向かった。約2週間ぶりの外での歩行。小学校までは約1kmほど。以前なら10分も歩けばつく距離だけど、この時の私の筋力、体力、体調では30分ほどかかってしまった。

 

家でゆっくりしてた方が良いんじゃない。無理しない方が良いよ。

 

妻や父はそう言ったけど、期待する娘の顔を見た今となってはそうもいかない。無理してキツイ思いをすると分かっていても娘が寂しそうな顔をするのはこれ以上見たくなかった。

 

小学校が近づくにつれて校内放送のアナウンスと児童の声が聞こえて来た。校庭に足を踏み入れると私が子供の頃とは違って、各家庭から持ち寄った家族家族の一面アウトドア用のテントやタープが整然と立ち並んでいた。直射日光が私の子供の頃と比べて酷くなったのかは分からないけれど、何か違和感がある。

f:id:orangelamp8:20170727145837p:plain

去年はPTAの役員をしていたので各所に挨拶をする。私の病気を知ってる人、知らない人様々だったけれど、まあ疲れた。気を使いすぎた。挨拶された方もそうだと思うけど、する方も毎回私の状況をはじめから離さないといけなかったので、まあ疲れた。

 

そして、いよいよ娘の徒競走の順番が来た。少し遠くて見えにくかったけれど、私が買ってあげた靴を目印に探したらすぐに探し当てる事が出来た。これは今後も良い目印になるなと思った。

 

あっという間に娘の順番が来た。『位置について』という声と共に私の緊張も高まる。昔はよく運動会前に公園で一緒に走る練習をしたもんだ。

 

『バン!』というピストルの音と共に一斉に子供たちが走り出す。セパレートコースを一生懸命走る娘の姿に目頭が熱くなった。

f:id:orangelamp8:20170727151942p:plain

レース終了後に顔を合わせたときに泣き出したので結果は本人の希望通りとはいかなかったのかもしれないけれど、父親の私には彼女の頑張って走る姿、悔しがる姿は十分に賞賛できるものだった。

 

『おつかれさん。頑張ったね。』そう言うと彼女は不満げに少し笑って、児童用のテントへと戻っていった。

 

娘の順番が終わった後も私はずっと他の子の走る姿を眺めていた。保育園からずっと同じ子も多いので、あのヨチヨチ歩きだった子供たちが、こんなに大きくなって、こんなにも力強く走り回る姿に何度も胸を熱くさせられ、涙がこぼれ落ちた。

 

その子たちとすれ違う度に、『〇〇ちゃんはあっちに居るよ』と娘の居場所を訊いてもいないのに教えてくれたりもする。子供たちに私の事を認知されているという事も嬉しかった。

 

観戦したのはほんの2,3時間だったけれど晴れ渡った空の下、元気に走り回る子供たちの姿に私はどんな薬よりも、この体の悪性なものたちを消滅させてくれるような何かの力をもらったような気がした。

f:id:orangelamp8:20170727152110p:plain

ありがとう。

 

私はそう言って私は一人小学校を後にした。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。感謝いたします。