(新)風邪だと思ったんですが。悪性リンパ腫闘病記

風邪だと思って病院に行って出された診断結果は『悪性リンパ腫』そこから始まった血液のがん、抗がん剤治療、副作用、不安な日々との闘い。 そんな私とその家族の日々を書き綴ります。

抗がん剤治療7クール目 ついに最終クール。その②

治療が進めば副作用も増す。今の私の体は、『悪性リンパ腫』になる前の体とは全くの別物になってしまった。

 

抗がん剤は治す薬ではなくて壊す薬

 

抗がん剤治療7クール目。これだけの抗がん剤治療を行ったという事で私の体中にあった悪性の腫瘍は、その形が分からない様になっていた。でも、その反面私の体にはいくつもの副作用の影響が出ていた。

 

大きな虚脱感と倦怠感、集中力の低下、食欲不振、味覚異常、手足先の激しい痺れ、口内炎、舌炎、顎関節症、頭痛、胸の苦しさ、脱毛、皮膚の変色・・・。

 

挙げればきりがない。

 

抗がん剤の投与回数が増えれば増えるほど副作用の種類も不快感も痛みも増えた。

 

この病気になる前に思っていたがん治療の印象では治療が終われば、単純に『がん』を克服できるものだと思っていた。

 

でも、『がん』というものが体から消滅したとしても、副作用は残り、その副作用が完全に無くなるのかどうかは個人差らしい。

 

またしても個人差。

 

『がん』になってしまう人、ならない人。

 

『がん』になって命を無くす人、助かる人。

 

『がん』治療の為の抗がん剤治療の効果が出る人、出ない人。

 

抗がん剤の副作用が出る人、出ない人。

 

副作用が無くなる人、無くならない人。

 

この全てが個人差と言われる。

 

仕方のない事だけど。納得いかない気もする。何度も何度もくじ引きをして、何度も何度も外れを引いたような気がする。私だけなんだろうか?こんな事を考えるのは。

 

私がここまで8か月に及ぶ『悪性リンパ腫』と闘ってこれたのは色々なものに支えられたからだと思う。

 

でも、その中でも一番、自分を支えたのは他でもない自分の体と心だと思う。40℃を越える高熱が2週間以上続いたときも耐えれたのは体力があったからだと思うし、この抗がん剤の量と強度に耐えれるのも体のお陰だと思う。

 

そして、幾度となく訪れた『がん』と言う病気の恐ろしさ、その病気によって味わった孤独感、不快感、不安を乗り越える事が出来たのは心のお陰だと思う。

 

『がん』と告知されて人生を悲観して、自ら命を絶ってしまったり、治療をあきらめる人も居るだろう。

 

何のために『がん』の治療をするのだろう?

 

抗がん剤治療が進めば進むほど副作用も酷くなったけれど、他の事からは目を背けられて『悪性リンパ腫』の治療に専念できた。そして、この病気を克服したいという思いはどんどん強く大きくなった。

 

それは、なぜだろう?

 

私の回復を願って待っていてくれるものの存在。

 

もちろん、それもあるけれど一番は、

 

死線を越えて『悪性リンパ腫』と言う病気を克服できた時に自分はどんな姿でどんな光景を目の当たりにするのだろう。

 

これを見たい。

 

これが一番の理由かもしれない。

 

簡単に克服できる病気じゃない事も社会復帰が困難なのも分かってはいるけれど、その先を見てみたい。

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これから、私はどうなって、どう生きて行くのだろう。

 

先ずは、治療だ。

 

この日も朝と昼と2回の利尿剤を投与された、トイレに籠る日々は続くけれど、いつかはこの籠から抜け出すんだ。その為に闘っている。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。感謝いたします。