(新)風邪だと思ったんですが。悪性リンパ腫闘病記

風邪だと思って病院に行って出された診断結果は『悪性リンパ腫』そこから始まった血液のがん、抗がん剤治療、副作用、不安な日々との闘い。 そんな私とその家族の日々を書き綴ります。

寛解か否か。PET CT前日

体の中に悪性の細胞が無いか視認するためのPETCT検査を控えた前日の夜中。ふと目が覚めた。

 

布団に入ったまま天井を見つめて考える。

 

 PET-CTの検査前日というか当日の夜中、あと数時間後のPET-CTの検査の結果次第で8ヶ月に及んだ私と『悪性リンパ腫』との闘いが一旦終わるのか否かの判断が下される。

 

あと、数時間後の朝8時から私は熊本大学付属病院でPET-CT検査を受ける。

 

 

退院して一ヶ月。身体中の毛が急激に生え出したこと以外は、私の体には何の改善もみられなかった。

 

手足の痺れも相変わらず強く感じられているし、頭痛も酷く締め付けられる様な痛みがある。胸の苦しさや違和感も相変わらずある。

 

数時間後に伝えられることになるであろうPET-CTの検査の結果の事を私はどういう風に受け止めることになるのだろうか。

 

今は夜中の3時。

 

検査に向けて早めに布団に入ったのにも関わらず、何度も目が覚める。

 

今の率直な自分の気持ちはどうなんだろう?

 

不安で眠れないのか?受け入れてどうにでもなれと思っているのか?それとも、もう大丈夫だと楽観視しているのか?

 

自分でも判らない。

 

数時間前に娘と父と食事に行って、久しぶりに父と沢山話した。私の父は話をよく聞いてくれる。聞き上手だ。今日は、いつもよりもよく喋り、気が落ち着いた気がする。

 

いつも私の話を黙って聞いてくれて黙って頷いてくれる。

 

そして、自分の経験に基づいて的確なアドバイスをくれる。

 

多くは語らずにポイントだけ。

 

嗚呼、私も、この人の様な父親になりたいと思った。

 

私の父は私が幼い頃から何でも私の話を聞いてくれた。いつまでも聞いてくれた。商売をしていたこともあっていつも忙しくしていて、平日には遊んでくれることは無かったけれど、休日に何処かへ向かう車の中や道中のレストランでは、私の疑問や興味がある話を聞いてくれたり話してくれた。

 

そして、あれから30年以上たってからも、こうして、私達を食事に誘ってくれて、私や私の娘の話を聞いてくれている。

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 『何でお父さんは俺の話をいつも聞いてくれるの?』私は今まで思っていたことを訊いてみた。父は、何を今更と言わんばかりにきょとんとしながら、『お前が話すから聞いたんだ。』と言った。

 

私も娘の話は聞く。私の娘もよく喋る。だから、私は娘の話にうんざりすることがある。

 

『お願いだから暫く黙ってて。』とついつい行ってしまう事がある。

 

でも、私は父にそんな言葉を一度も言われたことがない。

 

一度もだ。

 

『なんで、お父さんは話をうるさいとか、黙っててって言わなかったの?』と訊くと

 

『お前が一生懸命話すからだ』と言う。

 

『そりゃそうだけど・・・。』私は言葉に詰まった。

 

私の娘もよく喋る。一生懸命よく喋る。私もよく聞く方だし、娘の疑問は答えてあげたいし、興味がある事は引き延ばしてあげたいと思っている。

 

でも、まだまだだな。

 

私は、父の様な父親になりたい。

 

私の父は、いつも答えを教えてくれない。私がやった行動を後から、あれが良かったあれは違うんじゃないかと言ってくれて来た。

 

私は、父の様な父親になりたい。

 

何でこんな夜中に、そんな話を思い出したかも分からないけれど、そんな父がさっき食事をしながら『大丈夫。お前なら大丈夫。』と言ってくれた。

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私は、布団の中で自分の胸にそっと手を置き

 

『大丈夫。きっと大丈夫。ありがとう。感謝しています。』

 

そう言って再び目を閉じた。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。感謝いたします。