(新)風邪だと思ったんですが。悪性リンパ腫闘病記

風邪だと思って病院に行って出された診断結果は『悪性リンパ腫』そこから始まった血液のがん、抗がん剤治療、副作用、不安な日々との闘い。 そんな私とその家族の日々を書き綴ります。

寛解か否か。 PET CT検査当日

PET-CT検査の当日6時50分に久しぶりに目覚ましの音で起こされた。正直、よく寝たのか寝てないのかも分からない。悪い夢を見た事は覚えている。

 

いつもと変わらない朝。

 

 洗面所に行き顔を洗い、歯磨きをした。ここまではいつも通りの朝だ。

 

着替えを済ませ、もう一度洗面所に行き髭を剃る。抗がん剤治療が始まってから2ヶ月経った頃に身体中の毛が抜けて以来、髭を剃る習慣もなくなっていたけど、ここ最近伸び放題になってきた髭を揃える。

 

ポケットには黄色いハンドタオル。娘によれば私の今日のラッキーアイテムらしい。いつもはそんなこと気にしないのだけど今日に限ってはすがりたい。

 

家族に『行ってきます。』と言って玄関に向かう。玄関を箒で掃き掃除をして、盛り塩を行う。自らも塩で清めた。

 

そして、車で大学病院に向かった。病院に着くと、駐車場の車は未だ疎らだった。早く着きすぎたかと思ったけれど、気が逸る。不安で不安でたまらないのだけど、気は逸る。

 

車を停めて、直接PET-CTの検査室へ向かう。朝一番の検査予定の為に通常の受け付けカウンターはまだ開いてなかった。

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 PET-CTの検査室へ入るとすぐに名前を呼ばれ、靴から専用のスリッパにはきかえて更衣室へと案内された。

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私はここに来るまでPET-CT検査について何の知識も無いに等しかった。CT検査の延長かなぁ位の気持ちだった。だから、スリッパに履き替える事も更衣室で検査着に着替える事も何でわざわざと不思議に思った。

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検査着に着替えると検査の待機室へと案内された。カーテンで仕切られた変わった椅子の様なベッドの様なものが置いてある場所だった。

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↑こんな感じのベッドでした。

 

このベッドが寝るにしても座るにしても心地の悪いベッドだった。看護師の説明では、この後、点滴で薬品を投与されて、1時間30分位待機して、その後にPET-CTの撮影があるという事だった。

 

その間は、眼球を動かすと眼球の細胞が活性してしまい、PET-CTの撮影に反応してしまう恐れがあるかもしれないので、スマホもテレビも本も見てはいけないらしい。

 

とにかく暇そうだ。

 

暫く待つと名前が呼ばれて、撮影の為の薬品を点滴されることになった。この時に色々疑問に思った事を看護師に尋ねると、びっくりするくらい大変な検査なんだと初めて知った。

 

先ず、その検査用の薬品が入った容器が大げさなほど厳重に出来ている。それもその筈でPET-CT検査とは、他の放射線を使った検査とは違って、体内に放射線を放出する薬品を投与するという事だった。

 

⇩こんな容器(縦15㎝位直径5,6㎝位)に入っているに、実際の薬の量は数グラム。

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体内に放射能を入れる?!

 

怖いです。

 

『放射能を入れるって事は、放射能に侵されるという事ですか?』私は恐る恐る訊いた。

 

『侵されるというか、そんなに気にしなくても良いレベルですよ。』看護師は点滴の準備をしながら言った。

 

『でも、看護師さんは保護服とか着てないですね。大丈夫なんですか?』私の質問が続く。

 

『ああ。着ても意味ないんで。』看護師が言いきる。そして続けた。『着ても意味ないんですよ。この放射線は保護服着てても通しちゃうんで意味が無いんですよ。だから着てないんです。』

 

『えええーーーーーーーーーーーーーーーーー!』私はびっくりした。

 

『大丈夫なんですか?』私が少し慌てて訊くと

 

『大丈夫と言うか、ちゃんと自分たちの放射線のレベルは量っていますし基準を越えたら他の勤務になりますから。』看護師は点滴をしながら淡々と言った。

 

もはや点滴の針の痛みやPET-CTの不安よりも放射能を体に入れるという事と、仕事とはいえ、それを身をもって手伝ってくれる人が居るという事に衝撃を受けた。

 

『じゃあ、体に入った放射線は何処に行くんですか?』私が訊くと、『オシッコから出ます。だから、衣服に着かないように検査着に着替えてもらったんですよ。』看護師が答えると、なるほどと思った。

 

続けて話を聞くと体内に入った放射能は自然とオシッコと体から放出されるという事だった。

 

怖い。怖い。怖い。

 

私はこの後、検査薬の点滴刺したまま、新たな不安を持って待機室へと向かった。小さな子供が居ないから自宅に帰っても大丈夫という事と自然界にある放射線よりも低いレベルにあるという事は言われたけれど、そんなんじゃ私の不安はぬぐい切れなかった。

 

そして、薬品が体中に行き渡るまでの1時間30分もの間、寝心地の悪いベッドで自分の名前が呼ばれるのを待った。

  

PET-CT検査とは、 

⇩イメージ

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がん細胞は、細胞分裂を繰り返し行い増殖、進行していきます。そして、その細胞分裂を繰り返し行うには多くのエネルギー源を必要とします。人間の体の中で活発に活動している細胞にあらかじめ、そのエネルギー源となるブドウ糖に微量の放射能を出す成分を組み込んだものを投与して、がん細胞と結びつかせることによって、がん細胞の発症箇所を視認可させる検査の事です。

 

待つこと1時間30分ほどして私の名前が呼ばれた。

 

撮影室に入るとCTの機械がグオングオンと音を立てて待ち構えていた。私の足取りは重い。しかも、私は閉所恐怖症気味。あのCTの機械の中に入りたくないのだ。

 

重い体を何とか動かしてCTの機械の中に入っていくベッドに寝転ぶ。体をベルトで固定されると私の不安も増していく。そして、例のごとく、CT撮影の為の造影剤が投与されると、体中が熱くなって肛門が火傷しそうになる。

 

そして、PET-CTの撮影が始まった。

 

私はその機械の中で何度も何度も『がん細胞よ。消えててくれ!無くなっててくれ!』と願った。

 

『お母さん、僕を守ってくれ!』とも。

 

撮影は40分ほどで終了した。

 

私は全身汗びっしょりになりながら三度、待機室へと入った。看護師の説明によると今から撮影した画像を検査して問題なければ撮影は終わり、再検査箇所があればもう一度撮影を行うという事だった。

 

という事は2度目を呼ばれたら、治って無かったって事?

 

さらなる、大きな大きな不安がよぎった。

 

あの日々がまた始まるの?・・・。

 

私は何度も何度も手を合わせて何度も何度も祈りました。

 

お願い。お願い。お願い。

 

治ってて。治って下さい。

 

そして・・・。

 

40分後・・・。

 

 

名前を呼ばれました。

 

再検査でした。

 

この時、嗚呼、終わったと思いました。

 

呆然自失のまま再検査も終わり、検査結果を聞く間、ぼーっとしてしまって何をしていたかも何を考えていたかも思い出せません。

 

そして、いよいよ血液内科の診察室で主治医からの検査結果の報告を聞きます。部屋の扉をノックして入ると主治医のパソコンには、さっき撮影したPET-CTの画像らしきものが映し出されていました。

 

私は固唾をのんで結果を待ちました。

 

『え~。この画像を見る限り・・・。』

 

『見る限り・・・。』もう一度、固唾を飲みます。両手は硬く拳を握っていました。

 

『見る限りは大丈夫そうですね。』主治医はいつもの様に淡々と言いました。

 

『はぁ。大丈夫と言うと?』私が恐る恐る訊きます。

 

『寛解です。お疲れさまでした。』この時初めて、この無愛想な主治医の笑顔を見る事が出来ました。

 

『ありがとうございます。』私はどう反応してか分からずに慌ててお礼を言いました。

 

『永かったですね。頑張りましたね。』主治医が続けます。

 

『はい。』そう答えたあとに告知をされて目の前の主治医から治療方法を聞いた日から今日までの日々が走馬灯のように脳裏に蘇りました。

 

永かった・・・。

 

本当に永かった・・・。

 

もう一度、主治医に礼を述べて診察室を出ると、目の前の椅子にへたり込んでしまいました。

 

良かった。本当に良かった。

 

ありがとう。ありがとう。ありがとう。

 

頑張った。頑張った。頑張った。

 

お疲れ様。お疲れ様。お疲れ様。

 

今日までの8か月間の事を思い返すと、とても上手く当てはまる言葉が見つからないけれど感謝しかないと思いました。

 

いっぱいの感謝です。

 

色んな物に感謝です。

 

私の命は何とか繋がる事が出来ました。

 

本当に良かったと思います。

 

ありがとうございます。

 

この後、家族、友人、病棟の看護師に報告すると多くの祝福を頂きました。

 

報告が終わるとお腹が空いてしまったので、この病院の中での最後の食事として院内にある食堂へちゃんぽんを食べに行きました。入院中も何度も何度もこのちゃんぽんが私と救ってくれました。

 

⇩ごま油の風味が美味しかったこのちゃんぽん。

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ありがとうございます。

 

いただきます。

 

私は、このちゃんぽんにまで感謝の言葉を述べて病院を後にしました。

 

 

寛解と言う結果を迎える事が出来て、私の一応の闘病は区切りを迎える事が出来ました。再発も多い病気なので油断は決してできないのですが、それはそれとして・・・。

 

ありがとうございます。感謝いたします。

 

 このブログを読んでいただいている皆様、Twitterのフォロアーさんにも、この場を借りてお礼を言わせていただきたいと思います。

 

いつも多くの励まし、応援をありがとうございます。皆様のお陰で私は『悪性リンパ腫』とい病気を寛解することが出来ました。これも皆様の力添えのお陰だと思っております。不安な夜も、希望を見出せない朝も、皆様のお声のお陰で私は歩みを止めることなく歩き続け闘い続ける事が出来たと思っております。

 

もう、二度とこの景色を観たくはありません。

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まだまだ、元気な姿には程遠いですが、ここまでこれたのだから、これからも歩みを止めるつもりはありません。

 

これからも皆様のお力添えをよろしくお願いします。

 

ここまで、本当にありがとうございました。

 

これからもよろしくお願いします。

 

                                                                                                                      orangelamp.