(新)風邪だと思ったんですが。悪性リンパ腫闘病記

風邪だと思って病院に行って出された診断結果は『悪性リンパ腫』そこから始まった血液のがん、抗がん剤治療、副作用、不安な日々との闘い。 そんな私とその家族の日々を書き綴ります。

私に強い力をくれたもの

今思えば、今から8か月前。私は、精神的にも肉体的にもどん底に居ました。

2018年11月の再発から2,3か月。3月から始まる放射線治療に向けての不安。毎日、精神安定剤の力を借りて何とか凌いでおりました。食欲もなく。病室に運ばれてきた食事に箸をつける事もなく下膳してもらっていました。その匂いだけで嗚咽が止まらず何種類もの吐き気止めを服用したり、点滴してもらったり、それでも嗚咽が止まる事はありませんでした。

 

年が明けたというのに自分は何をやってるんだ!。

 

不甲斐ない自分に対する自責の念と吐き気との闘いの日々でした。今思い出しても本当に辛かった。毎日が霞んで見え、心も体も正常じゃない。正に異常でした。

 

でも、そんな中で一つだけ私の中の希望と言うか光を見つける事が出来ました。

 

1月27日授業参観

 

私のスマホのスケジュールにはそう書いてありました。私の娘の授業参観の予定でした。娘が入学して以来、1度も出席を欠かしたことがない授業参観。

 

私は、このスケジュールを見つけたときに頑張って出席しよう!!!そう決意しました。そう思ったからなのか、少しづつですが体調も良くなり、少しづつ食欲も出てきました。本当に少しづつでしたが。

 

そして、妻に電話をしました。すると、今度の授業参観はいつもの授業参観と違って、娘は10歳になったので、二分の一成人式と言う特別な授業参観になるという事でした。

 

10年。

 

思えばあっという間だった10年間。

 

その反面。たった10歳の娘に寂しい思いをさせてるのかと思うと悔しくて申し訳なくて涙が止まりませんでした。

 

どんなに私が期待に胸を膨らませても、肝心の私がここ(病院)に居てはどうしようもないと、医師にどうしても1月27日は授業参観に出席したいと訴えました。医師の答えは、治療の合間になるので抵抗力が回復していたら退院できるという事でした。

 

頑張れ私の骨髄よ、頑張れ私の体よ!!!退院出来てなかったら元も子もない。出来るだけ食べて、出来るだけ病棟の廊下を歩きました。そして、直前の採血の結果。

 

医師の答えは『退院出来ますよ。』

 

嬉しかった。頑張って良かったと思いました。そして、1月27日学校に向かうと娘は私を見付けて嬉しそうに照れて私を見ていました。

 

『10年か・・・。もう10年か。』式が始まる前から涙をぐっとこらえました。

あんな小さかった子が10歳。他所の子もうちの子もどんどん大きくなってあっという間の10年でした。中には私を見付けるとうちの娘に『〇〇ちゃんのお父さん来たよ!』って報告してくれる子供も居ます。私が誰の父親であるか認識してくれているのです。嬉しいですね。

 

いよいよ、授業が始まり、『二分の一成人式』が始まりました。子供たち全員での感謝の言葉から始まり、歌が始まって、代表の子供たちの感謝の言葉と式は続き、各保護者に子供一人一人の感謝の言葉が感謝状と共に贈られました。教室の中は、涙涙涙でした。子供が『おかあさん、ありがとう』と言葉を詰まらせながら感謝状を渡せば、そのお母さんが『ありがとう』と泣きます。とても良い光景でした。

 

そしていよいようちの子の番となった時、私は妻にうちの番だと促すと妻は首を横に振り私の腰を押して促します。『えっ!?俺???』と戸惑いながら私が立ち上がると娘が私の前にやってきました。

 

『お父さん。いつもありがとう。』いつもパパと呼んでる娘がお父さんと呼ぶのです。

娘の言葉は続きます。

『お父さんいつもありがとう。これからも私があれが出来ない、これが出来ないと言っても大丈夫!大丈夫!と見守っていて下さい。』

 

思えば自転車の練習や色んな遊びを通じて私はずっと娘と一緒に経験をしました。私が手を貸すのは簡単ですが、そうはしませんでした。

 

私は何度も転ぶ娘を見ながら、『大丈夫大丈夫』って言いながらずっと見守っていました。それは、自信と勇気と達成感を知ってほしいからでした。

 

だからこの時の娘の言葉はとても嬉しかったんです。

 

 

 

私は、涙をぐっと堪えて『ありがとう。』と言って頭を撫でました。娘は少し恥ずかしそうに子供の列に戻りました。

 

それから、式は続きましたが私は感激のあまりかボーっとしてしまって覚えていません。

 

式が終わり、学校からの帰り道。今までの10年も頑張った、これからの10年も頑張んなきゃ!!!そう強く思いました。久しぶりに幸せな気持ちに包まれて娘の存在に家族の存在にあらためて感謝をした日でした。この日を境に私は、自分自身に喝を入れて、また、少しだけ健康に向けて階段を一段上がる事が出来たような気がします。

 

ありがとう。ありがとう。ありがとう。

 

本当にありがとう。

 

学校から帰ってきた娘を抱きしめて、そう言いました。

 

娘は、少し嫌がりましたが、私の気持ちは精一杯伝える事が出来たと思います。

 

妻にもお礼を言って、この夜は久しぶりに穏やかに眠れたと思います。

 

これで、3月から行われる、すごく不安な放射線治療に頑張って向かえる様な気持ちになりました。

 

私にとって家族の存在は本当に大きい強い力を持っている存在というものを改めて感じた出来事でした。

 

 

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。