(新)風邪だと思ったんですが。悪性リンパ腫闘病記

風邪だと思って病院に行って出された診断結果は『悪性リンパ腫』そこから始まった血液のがん、抗がん剤治療、副作用、不安な日々との闘い。 そんな私とその家族の日々を書き綴ります。

私の心を軽くしてくれたもの。

今回は、前回の精神的に最も辛かった頃から如何にして私が、今日まで過ごして来たかを綴って行きたいと思います。

 

切っ掛けは、知り合いの女性との立ち話でした。その女性は、ご近所さんで、私が家の前に居ると、私に気付き私の病気の事を気遣って下さって、私と家の外で出会って、立ち話をしました。その女性は、泣きながら私の話を聞いてくれました。そして、『私も頑張らないとですねと言い』『自分の息子がバンドで頑張ってるとも言っておられました』

 

(バンド?!)

 

『何と言うバンドですか?』って、私はそう訊きました。『ユアネスです。カタカナでユアネスです。』と彼女は言いました。その頃の私は、まだまだ、音楽など聴ける精神的状態でも無かったのですが、その時は、知り合いの息子さんのバンドの曲を聴くという小さな使命感の様なものを自分の中で何故だか感じました。聞いたバンド名を忘れないうちにと直ぐに自宅に戻ってyoutubeでそのバンド名『ユアネス』を検索して、半ば無理やり聴きました。

 

その時に聴いた彼らの曲『Bathroom』と言う曲は、どこか切なく懐かしく私の心に響きました。

 

でも、この行動が、後に大きな私の救世主となってくれました。

 

この時のyoutubeで音楽を検索するという行為で、私の掌の中のスマートフォンで私が今まで聞いた曲などの履歴などを久しぶりに目にしました。

 

私が聴いて来た音楽。つまり、辿ってきた道、、、。

 

ああぁ・・・。と何か似てる部分を感じました。

 

そして、色んな歌や曲を目にする度に

 

少しづつ聴くようになれて、

ああこの頃はそうだった。ああ、この頃は楽しかった・・・。と思ったりしました。

 

それが、元気になろう!あの時の様に・・・。と言う気持ちに。

 

希望を持とう、、、。あの頃の様に、、、。と。いう気持ちに。

 

この時の行動が、、、。つまり好きな音楽を聴く、好きだった音楽を聴くという行為が、少しづつですが、本当に少しづつですが私を救ってくれたのです。

 

そして、ふと、そう言えば・・・。と言う思いに駆られ更に心を軽くする為にある行動をとりました。

 

もっと昔はどうだったんだろう⁉️

 

今から30年前の話ですが。私は、当時中学2年生。ごく普通の何のとりえもない14歳でした。そして、その頃に姉の一言で、どっぷりと'80年代のアイドルにハマってしまいました。それまでは、アイドルの歌はおろか音楽や歌に全く興味ありませんでした。でも、ある夜に丁度姉が歌番組を観ていた時に『あんた。好きなアイドルとかいないの?!』と言われました。その言い方に、、、。ちょっとムッとしたことを覚えてます。

(じゃあ、好きになったるわい!)と反骨精神になったことも覚えてます。そして、偶然、熊本の夏祭りで数人の女性アイドルが訪れてそれを無料だったこともあり、観に行来ました。何の期待もなくただ友達に誘われたからと言う理由で、、、、。

 

でも、

 

なんの気もなく着いて行っただけだったんですがきっと純粋だった私は、ズッキューンと射抜かれました。

 

いとも簡単に射ぬかれた相手は、お隣の長崎県出身の相川恵理さんでした。2代目のロッテのCMのオーディションでグランプリになった方です。

 

失礼な表現ですが、田舎の中学校で垢ぬけてない同級生の女子と比べて、垢ぬけていて輝いていた彼女に私はこの時に一瞬で虜になりました。

その日を境に、当時は今の様に簡単に情報が手に入りませんでしたから、毎日、本屋に通い。彼女が載っている雑誌がないか血眼になって本屋中を探し回り、歌番組もラジオ番組もチェックしまくりました。

 

当然のことながら、知れば知るほど会いたくなり、九州内ならば、当時やっていた新聞配達の少ない給料を注ぎ込んで会いに行きました。あの時の輝き、ひたむきさ、会えた時の喜びは今でも鮮明に覚えてます。

 

そこから、色んな他のアイドルにもハマって行って、色んな所に行き、色んな活動にも参加しました。親衛隊とかですね・・・。ご存知でしょうか親衛隊というものを、、、。言わば、応援団のようなものでしょうか、あちこちで行われていたイベント等に大挙して足を運びそのアイドルの歌に合わせて拍手を送ったり、エールもしくはコールと言う曲に合わせて大声で合の手を入れるのです。(L・O・V・Eとか

C・U・T・E・などですね。)興味ある方は、youtubeなどで探してみると良いかもしれませんね。

 

河田純子さんと言う方の『輝きのスケッチ』と言うyoutubeの動画は、いきなりそのコールから始まって、一気にあの夏に戻れました。

 その映像と歌を観て聴いた瞬間にあの時に戻った気がしました。

 

あの頃の只々暑く眩しかった夏に、戻ったような気がしました。

 

この頃からか、歌を聴けるようになり、聴くようになり、家族との会話も増えて、少しづつですが散歩もするようになりました。

 

そして、少しづつですが、いつも責めてばかりいた自分を責めるのを辞めて、受け入れられるようになり、自分を俯瞰で、客観的に見れるようになりました。自分が、辿ってきた道全てが間違いじゃなかった。楽しかった時も嬉しかった時もあった。確かにあった。

 

私は、自分が聴いて来た曲を自分の過去と重ね合わせながら、それからどんどん色んな歌を探しに探して聴きまくりました。そして、迎えた抗がん剤治療の為の入院間近のGW(ゴールデンウイーク)。また、ひとつの転機が訪れます。

 

悪性リンパ腫の再発以来、家族との外出は皆無と言って良いほどありませんでした。でも、折角のGW。折角の退院期間と家族達の休みが合うタイミング。こんな事、そうは、無いかもしれません。

 

そんな、GW前のある日、 

妻が私に言いました。『今度一緒に娘と遊びに行こう』と。

言われた時は、体もきついし、精神的にもまだまだそんな気持ちには、なれないと思いましたが私の心が確かに言いました(行け!!!)(行かなくてどうする!!!これを逃がすな!!!大チャンスだぞ!!!)と・・・。

 

私は、この声に素直に(行く‼️)従い。近所のアミューズメント施設施設に家族と出掛けました。約半年ぶりに、、、。

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ボーリングしたり、卓球したり、テニスしたり、バッティングしたり、卓球したり、クレーンゲームしたり、娘と初めてビリヤードもしました。

 

お腹が空いてお昼には、近所のショッピングモールのフードコートで、たこ焼きを食べて、ピザを食べました。これも、久しぶりの事でした。そのピザの味。私が知る限り、娘にとってのピザは私がいつも作っていたピザの味だと思います。そしてこの時に、お店でピザを食べて娘が美味しそうに頬張って食べてる姿を見て申し訳ない気持ちになりました。

 

それは、精神的に辛くてずっと好きだった料理作りもずっとしていなかった。

しないというよりも出来ませんでした。

再発前までは楽しく、何作ろう、何食べようと楽しかった料理作りが、全くできなくなりました。作ろうとすれば、心臓がどきどきとして、息も早くなり胸が苦しくなりました。

精神的にとてもツラくなりました。

 

でも、その美味しそうに頬張る姿を見て作ってあげなきゃ。また、パパのピザを

お腹いっぱい食べさせてあげたいと思いました。妻ともお互いチーズたっぷりのピザを食べながら顔を見合わせ太りそうと嬉しそうに言い合いました。

 

そして、その時に決断しました。絶対に調子が戻ってきたら作ってやる!!!

 

私のピザをお腹いっぱい食べさせてあげたいと!!!

 

そして、よく通ってたアイスクリーム店に行き。家族みんないつものを食べました。

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この日は、父の日間近だったという事もあって、私はいつものラムレーズンと

『お父さんスペシャル』というものを頼みました。この時に娘が、お父さんスペシャルなのに、何度も何度も『オッサンスペシャル』と言ってたのを聞いて、これまた久しぶりに大笑いしました。

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この日、久しぶりに体を動かし、お腹と心を満たして私は、本当に久しぶりの充足感に包まれて眠る事が出来たと思います。

 

ここから数日後に始まる新たな抗がん剤治療の不安も大分軽くなって、、、。

 

本当に家族の存在は掛替えのない偉大なものでした。そして、素直にあの時の自分の心の声に素直に従った自分を褒めてあげたいと思いました。

 

あの時にあの女性と会って立ち話しなければ、あの時、音楽を検索して聴く事も無ければ、あの遠い夏にアイドル達にハマる事も無ければ、きっと、この家族との久しぶりのお出掛けも無かったでしょう。心の声が聞こえる事も、聴こえたとしても従うことは無かったのかもしれません。

 

入院前日の晩に事の繋がりというものに感謝しました。頭に浮かぶもの人との出会い、そして会話、頭に浮かんだもの。その全てには意味があって、今の自分に必要なものなのではないのか?と、、、。このような出来事を通じて更に強く思うように感じるようになりました。

 

そして色んな物、色んな事に感謝するという大事さにも

 

改めて大きく気づかされました。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

感謝致します。